イギリスのホラー小説家による長編小説。
ブラックウッドというと妖怪ハンターものの「心霊博士(妖怪博士とも)ジョン・サイレンス」が一番有名なのだろうか。私も恐らく短編集から、ジョン・サイレンスを読んで、この本と同じく光文社から出版された「秘書綺譚」を読んだ。
この本を読むにあたり初めて知ったのだが、ブラックウッドはクロウリーで有名な「黄金の夜明け団」のメンバーだったんだね。Wikiには魔術師だったと書いてあるね。魔術の探求社と魔術師というのはイコールなのかな。
幼い頃から空想癖があり夢見がちなロバート・スピンロビンはある日新聞の広告で奇妙な求人を発見する。曰く、テノールの声とヘブライ語の知識を持った浮世離れした人を求む、と。一も二もなく申し込むスピンロビンは荒野にひっそりと佇む屋敷を訪れる。そこには広告を出した隠遁した聖職者と家政婦、そして美しい聖職者の姪の3人が彼を待っていた。聖職者スケールは人間の声を使ってある恐ろしい試みに挑戦するという。その内容とは…
というあらすじ。ホラー小説でしかも田舎の怪しい屋敷に行くというといかれた狂信者家族にとらわれて〜というストーリーが思い浮かぶが、今作は全然そんなことはない。
聖職者スケール一家は主人公に優しく暖かく接する。脅かすどころか大いなる実験の成功のためスピンロビンにとても大きな期待を寄せている。
だからホラーといっても当初はそんなにおどろおどろしさはない。人里離れた荒々しくも美しい自然に取り囲まれていて、美しい娘と恋に落ちる主人公を描く前半は恋愛小説のようだ。ただし屋敷で感じる人の気配やスケールの態度、そして実験の内容が徐々に明らかになる中盤からは恐怖の足音がひたひたとその存在感を増すようで何とも恐ろしい。
彼らは4人の声を同時に特定のどくどくなやり方で持って発生させることで、何かを起こそうとしている。その試み自体恐ろしい物だが、実は邪悪な物だとははっきり明記されていない。スケールはなみなみならぬ執念を持ったある種のマッドサイエンティストなんだが、だからといって積極的に人を傷つけるような振る舞いは意図しない。この本の面白さはこの恐ろしさが畢竟何に由来する物なのか最後まで分からないことである。そしてその何か分からない物にこそ、神性があるのだと個人的には思った。
人間が圧倒的な神性をもつものに対してどういった選択をすべきなのか、これは読む人それぞれによって考えが違うであろうと思う。読んだ人が一体あの結末をどうとらえるのかは気になるところです。
ちなみに訳したのは南條竹則さんで解説も彼が書いている。ブラックウッドへの愛情が伝わってくる解説でとても面白い。南條さんも解説で書いているが、ブラックウッドはちょっと表現がくどく、また扱っているテーマ的にどうしても描写が抽象的にならざるを得ない。正直言って読みやすい物語ではないんだが、正邪を超越した力への憧憬とそれに対して接近するアプローチ、そこから生じる神性への畏敬の念と瀆神の恐れ、あっとおどくような結末、こういった面白さが詰まった小説ははっきりいって他にはないのではないだろうか。人間の声を使って人間を超える高みに接近しようとするアイディアはとても面白い。
よってブラックッドや恐怖小説を愛する諸兄には是非手に取っていただきたいと思います。
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