2013年8月26日月曜日

ジェームズ・ロリンズ/アイス・ハント

元開業獣医(博士号も持っているそうな。)アメリカの作家によるスリラー小説。上下に分かれております。
この作者はシグマ・フォースシリーズという一連の続き物が日本でも刊行されている。
会社の人が面白さのあまり邦訳されているものは全部読んだといって気になっていた作家。本屋で目にしてあらすじを読んで購入。(どうでもいいが本屋はいいですね。偶然の出会いがあるので。)

魚類野生生物庁の監視員のマットは休暇でアラスカの奥地でグリズリーのDNAマッピングを行う行動に参加中。墜落したセスナ機から新聞記者クレイグを救出する。なぜか特殊部隊に命を狙われるはめになったマットは、成り行きでアメリカの北極探検の最前線基地オメガ・ドリフト(漂流の意)ステーションまで別れた妻とともにクレイグを送り届けることに。
一方オメガ基地では巨大な氷山の内部に建設されたロシアの研究施設グレンデル・アイスステーションに調査チームを送り込み内部を調査していた。
施設の深奥では忌まわしい研究が文字通り凍結されたように封印されていた。底で発見された謎の生物の痕跡。そこへ施設の破壊をもくろむロシアの原潜が接近し…

(どうでもいいが主人公の名前がマット・パイクである。元Sleepで今はドゥームメタルバンドHigh on Fireのギターボーカルを務めるあのマット・パイクと同姓同名。偶然かな〜と思ってちょっと面白い。)
とあらすじだけで既に盛りだくさんの様相を呈している。
まずは男の子なら北極に隠匿された研究施設という設定だけで心に響くものがあると思う。そこに特殊部隊である。謎の生物である。忌まわしい過去の研究である。深海での潜水艦戦である。魚雷にソナー。最先端の科学技術。さらにめくるめくアクション。爆発に次ぐ爆発。飛び散る血。元グリーンベレーの主人公は別れた女房に未練たらたらと来たらドラマが生まれないはずがない。
まずはこの舞台設定がすごい。ロマンと科学とスリラーとアクションをこれだけぶち込んで破綻していないのだから、素直にすげー。正直この本はどのジャンルにカテゴライズされるのか分からん。訳者のあとがきにも書いてあるが、場面の転換の多様とアクション二重きを置いた描写でかなり映画的である。頭の中で場面が視覚的に展開される感じで、これはもう作者の筆致のなすところだろう。
ジェットコースターというかページをめくったら最後、続きが気になってやめどころが分からないたぐいの本。

さて実はこの本私はとても楽しく読んでいたのだけど、途中でいくつか気になる点があって(核心に触れているので分かりにくく書くことをご容赦願いたい。)そこがどうしても納得できなかった。他は文句なしに面白いのに舞台装置を大切にするあまり、土台に不十分なところがあってちょっと作者は詰めが甘いな!と生意気にも思い上がって読み進めていたのだが、物語を最後まで進めるとどうだ。ううむと唸らざるを得なかった。作者は恐らくわざと意図しているのだろうけど、あえて物語に突っ込みどころを作って最後に読者を吃驚させるのだった。帆を読んでいるとたまーにこういうことがある。だまされたが、とても気持ちのいいものだ。兎に角人をおもしろがらせる話を書く作者であるな、と素直に感心しました。

私は恐怖を喚起するような小説を好んで読むけど、恐怖にも色々な種類がある。
この本の恐怖は一面白色の世界で繰り広げられるけど、とても派手で映画を見ているように楽しめた。
一流のエンターテインメント小説というのは俺のことだ!という自信に満ちた一冊。
面白い本を読みたいという人は是非手に取っていただきたい。
(版元の手違いで下巻の一章が丸ごと抜けている版があるとのことで、購入の際はご注意ください。)
シグマ・フォースシリーズも読んでみよう。

OMSB/Mr. "All Bad" Jordan

神奈川を拠点に活動するHip-Hop集団、SIMI LABのリーダーでラッパー・トラックメイカーOMSBによるファーストソロアルバム。
2012年にSummitというレーベルからリリース。
この間紹介したSIMI LABのアルバムがとても格好よかったけど、2ndアルバムはまだ出てない。じゃあということで買ったのがOMSBさんのソロアルバム。結構いろんな人がソロアルバムを出しているんだけどなんとなくOMSBさんから買ってみることに。

このジャンルには全く詳しくないのでスキル云々や韻を踏む言葉の選定なんかは全然善し悪しが分からないとまずは断っておく。
しかし彼のアルバムはとっても格好いい、まずはラッパーOMSBから。
SIMI LABのアルバムを聴いたときは個人的に一番聴きやすいな、と思った。恐らく多分リズム感が抜群にいいんだね、この人は。ヒップホップは音数が圧倒的に少ないから、曲の主役はラップであるは後ろでなっているビートとずれてしまうと結構露骨に聴いている方にも分かっちゃう。けど、OMSBはここら辺がうまくてそつなくこなしてくる一方妙な言葉言い回しでギリっと切り抜けるような楽しさがある。ばしっと決まるところであえて言葉の途中で切って、次のビートにラップをつなげる感じ。声は結構クリアなんだが、感情がこもってくると妙に粘っこく嫌らしくなるところもグッド。兎に角ラップに緩急があって聴いているほうを飽きさせない。
で、次はトラックメイカーOMSB。
彼は自分でトラックも作っちゃうマルチなやつ。このアルバムは16曲収録なんだけど、全部自分で作っているようだ。OMSBとWah Nah Michaelという2つの名義を使い分けている。いかにもヒップホップ然とした音数の少ないトラックからびょんびょんした音、フリーキーなよく叩くドラム、テクノっぽいトラックまで結構多彩で面白いです。

さて曲な方はというと、初め聴いたときは結構悪っぽいな!と思った。悪そうなヒップホップである。強そう悪そうが売りなイケイケな(私の勝手なイメージです。)あれである。おお、おお、と思って聴いているうちにあれ?ちょっと暗ーい感じになってきましたよ。不思議。
このアルバム恐らく意識していると思うのだが、曲順が後半に進むに従って彼の内面に踏み込んでいくように設定されているように感じる。恐らく途中のインストが転換となってそれ以降は(まさにでFogって曲もあるんだけど)全体の曲調も進むにつれてどんどん煙ったくなってくるようだ。
歌詞(リリック)もかなり個人的になってくる。ラッパーとしての生活から、それを含む個人の生活に視点が移動した感じ。SIMI LABのレビューでもちょっと書いたけど、出自とそれに起因するいろいろがかなり赤裸々な言葉で綴られている。これすごいな、と思ったのはOMSBは結構面白みのある人で言葉の選定もウィットに富んでいる。怖そうに見えて意外にリスナーを楽しませようとしている姿勢が伺えるんだけど、アルバムの後半に関してはそんな気遣いや修飾がどんどん削られていって、生の声に近くなっているようだ。内省的な歌詞と暗い曲調。メジャーだろうがインディーズだろうがミュージシャンというのはある種の偶像を期待されるものだ。どんなに等身大を売りにしても演じる部分が多かれ少なかれあるものだと個人的には思っている。そういった意味ではちょっと生々しすぎてしまうと感じる人もいるかもしれない。しかし私は大歓迎。鬼気迫るような気持ちのこもった音楽というはいいものだ。真剣さがある。馬鹿にしない態度だ。つまり聴いている人に語りかける音楽だ。
アルバムの最後Hustle2112という曲にこういうフレーズがある。
「何百年後も俺のBoom Rapがキミの耳元届くように祈る」
なんとも格好いい。ちょっと青臭いけど音楽作っているなら私はこういうことをいえる人が好きだな。

というわけで私はとても気に入りました。
Hip-Hopには詳しくないけど、音楽としては文句なしに格好いい。
悪いだけじゃない悩んでいる、鬱屈して爆発しそうなアルバムです。

2013年8月24日土曜日

F・ポール・ウィルソン/神と悪魔の遺産

医師で作家の著者による「始末屋ジャック」シリーズ第二弾。上下二冊に分かれています。
なかなか物々しいタイトルだが、原題は「Legacies」。訳したのは大瀧啓祐さんで英語も発音を重視した相変わらずの訳し方です。
元々ジャックというキャラはナイトワールド・サイクル(アドヴァサリー・サイクルとも)という大きな物語の中の一冊の主人公として登場したキャラクターだった。著者によると色々なキャラクターを書いてきたが、一番人気なのがジャックだったという。10年半後にいよいよまたジャックが主人公となる本作を執筆したとのこと。

ニューヨークはマンハッタンで過去を消して始末屋を営むジャック。
小児エイズセンターで働く女医アリシアから依頼されたのは彼女が父から受け継いだ家を消却することだった。訝り渋るジャックだったがアリシアの周りで殺人を始め怪しい出来事が頻発する。一体受け継いだ家には何が隠されているのか?ジャックは否応なく事件に巻き込まれていく…

今作は前作と大きな違いがある。
前作はコズミックホラー満載で異形の怪物ラコシを向かいにばったばったと暴れ回ったが、今回は超自然的な要素は皆無!私はあえてなるべく事前情報を集めない状態で読み始め、いつクトゥルー的な何かが出てくるか構えていたのだが、あれれ結局出てきませんでした。(さすがに途中で気がついたけど…)
じゃあ面白くないのか?と訊かれるとこれが大変面白かった。
今回は事件の中心にアリシアが受け継いだ家がある。色々な勢力が屋敷を取り合うわけだが、作者の技量が巧みでなかなか屋敷に隠された秘密がつまびらかにされない。読者はもうやきもきしながらページをめくる訳である。露骨に謎の開示が引き延ばされている訳ではないから、なかなかわくわくする体験である。

前作から引き続きジャックのキャラクターが良い。過去を消して闇に生きるジャックは自分の体をたよりに危険な世界を渡り歩くハードボイルドな男だが、作者が意識しているのかしていないのか分からないが、変に抜けているところがあって妙に親しみがもてる。
恋人ジーンとその娘ヴィッキーにはメロメロだし、父親との関係は断ち切るどころかちょっと複雑。好奇心が強すぎて今回も結局事件の泥沼に引き込まれてしまう。挙げ句エイズセンターの子供に感情移入して暴走する始末。本人はいっちょまえにハードボイルド然としているからちょっとにやけてしまうくらい面白いキャラクターになっている。

サディスティックな傭兵、怪しい日本人、サウジアラビア人組織、そして謎をはらむ屋敷の秘密。面白い要素満載で素直に楽しい小説。
前作を読んだ人は勿論、上質のエンタメ小説に飢えている人にもおすすめでーす。

2013年8月17日土曜日

コリン・ウィルソン他/古きものたちの墓 クトゥルフ神話への招待


このブログだとクトゥルーと記載しているけど、クトゥルフのほうがメジャーなのかなあ。まあそもそも人間には発音できない音節とのことなのでどちらでもいいか…
扶桑社から出ているクトゥルーものの独自アンソロジー第2弾。
タイタス・クロウシリーズで有名なブライアン・ラムレイを始めこの道では結構よく知られた作家3人によるアンソロジー。全部で4つの比較的長目の短編中編が編まれています。

ラムジー・キャンベル「ムーン・レンズ」
マーシーヒル病院のジェイムズ・リンクウッド医師のもとに深夜レインコートに身を包んだ怪しい男が訪れる。「死なせてほしい」と懇願する男の話は医師の想像を絶する内容で…
「湖畔の住人」
感受性豊かな作家の友人が引っ越したのはある湖畔にたたずむ曰く付きの廃屋寸前の屋敷。主人公は不可思議な悪夢に悩まされるようになった友人を訪れるが…
コリン・ウィルソン「古きものたちの墓」
不思議な縁で南極調査に同行することになった主人公。分厚い氷の下には有史以前の人間以外の手による文明がねむっているという。そこはかつて異端の作家ラブクラフトが「狂気の山脈にて」で舞台にした場所だった。
ブライアン・ラムレイ「けがれ」
とある寂れた山村に越してきた引退した医師。何かにおびえるように暮らす母親と娘。そして妙に魚のような風貌をした不思議な若者。彼らの背後には呪われた町インスマスの影が…

ラムジー・キャンベルの2編はオールドスクールな神話を踏襲した形で安心感すら覚える佳作。伝聞と手紙というかたちで展開される物語は独特の恐怖感が非常に生々しく迫ってくる。恐らくそこに客観性が生じるためであろうか。直接主人公たちが見聞きしたという形で進められる物語とは違った風情がある。
この短編集では神話のオリジネイターラブクラフトの超名作「狂気の山脈にて」と「インスマスを覆う影」を題材とした「その後の話」が載っているが目玉だろうか。
独特のオカルト論をクトゥルーに盛り込んだコリン・ウィルソンの手腕はさすがか。科学小説とオカルトが融合した南極探検譚が少しずつ恐怖に浸食されてクライマックスに進む様はまさに「狂気の山脈にて」の続編にふさわしいのかも。
ブライアン・ラムレイ。実は「タイタス・クロウの帰還」を読んでげんなりがっかりして以来なんとなく敬遠していたけどやっぱりうまいなあ。神話の持つおどろおどろしさ。隣人たちが人間じゃないのでは?という伝統的な乗っ取り要素も盛り込まれていてグッド。

比較的オーソドックスなスタイルのクトゥルー神話がおさめられているので、題名の通り初めて神話に触れる人にはぴったりかも。勿論クトゥルーファンも安心の一冊。おすすめです。

MMOTHS/Diaries


アイルランドの気鋭のクリエイターJack ColleranによるセカンドEP。
2013年にSQE Musicからレコード形式でリリース。ダウンロードクーポン付き。


なんと1993年生まれだからまだ二十歳という、吃驚アーティスト。まだ若造でないか。おそろしや。
音の方はというとチルウェイブという比較的新しそうなジャンル。
当然チルウェイブって?となる私もメタル以外はさっぱり分からないので、引用の引用をしてみよう。
共通しているのは、リヴァーブが深くかけられたもやもやとした音像、エフェクトのかかったヴォーカル、浮遊感のあるシンセのループ、そしてディスコティックなビート――80年代シンセ・ポップに、ヒップホップ的なビートを組み合わせ、アンビエントな空間処理をしたものという感じ。
(出典:http://matome.naver.jp/odai/2134718530689753101)
という感じ。
いかにもオシャレでスノッブな感じ。まあ流行ものっつたら身もふたもないが、通りすがりの私が気まぐれに聴くくらいだからなー。ちょっとひどい言いようだが、肝心の音楽は素晴らしいのでご安心を。

この人は前のセルフタイトルのデビューEPを聴いて好きになったのだが、まだフルレングスは出していないと思う。)、非常に静謐とした音楽で非常にリラックスできる。
今作を聴いても思ったのだが、水っぽいのよ。びちゃぼちゃしているというのではない。なんだか音が雨だれみたいだな、と思ったのが第一印象。これは打ち込みのビート音とシンセの音の種類と使い方で。音が小さいというか、細い。そして旋律を刻むにしても間があってなんならちょっと散発的に聴こえるんだよね。それこそぱらぱら降る雨のように。これがとても心地いいわけです。
でよく聴いてみるとその他の音に関してもリバーブのようなエフェクトがかかっているから、水に発生する波紋のように、くわんくわんだんだん遠ざかりながら音が反響するんです。音の数は決して多くないけど、使い方が絶妙で微妙なノイズ音も完全に計算しつついいタイミングで入れてくるところはさすが。アトモスフェリックというか立体空間的な音楽なんだよね。これはすごい音響システムで是非聴いてみたいと思う。音の発生源がずれているように聴こえるから、目を閉じると本当に別空間につれてこられたようだ。
全体的に温度感が素晴らしく、基本冷たいんだけどほんのりあったかい。
ボーカルが入っている曲もまったくもって自然に調和していて驚く。すげえもんだ。

全部で6曲でやっぱりちょっと短い。フルレングスが聴きたいもの。
二十歳と侮るなかれ、メタルを聴いている人は五月蝿いもの好む反面、妙に不穏な静けさに心弾かれることがあると思う。
たまにはこういうのもいいかも。

Jucifer/за волгой для нас земли нет


アメリカはジョージア州アトランタ(といってもツアーにばかり出ていてあまり家にいないみたい。)のバンドの2013年発表の6thアルバム。
Mutants of the Monsterという聞き慣れないレーベルからリリース。
購入するとデジタル音源とアルバムの説明が書かれた(と思われる)pdfがダウンロードできる。CDは後日発送。記事書いてる今まさに届いた!


JuciferはG.Amber Valentine(ギターボーカル)とEdgar Livengood(ドラム)から(2人は夫婦だそうな)なるバンドで、激重いスラッジメタルにAmberの何とも多彩な声が乗っかるとても希有なバンドで、私は結構なファンである。
この手の変わったバンドというとやたら「ヘヴィメタルを基調に様々な音楽性を取り入れた」などと説明されることが多いけど、このバンドJuciferは本当にそんな言葉がぴったり。基本はスラッジなのだが、暗ーいフォークぽかったり、妙にオシャレなオルタナティブだったり、かなーり面白い。というのも曲の豊かさに加えて、叫び声からささやくようなロリータ声までこなすAmberの才があってこそだと思う。
一番多彩な「I  name you destroyer」やフランス革命に題材をとった「L’autrichienne」は超名盤なので皆さん是非手に取っていただきたい。

さて今作はどうもまたコンセプトアルバムの用で、どうもロシア語のようだ。英訳すると「There Is No Land Beyond the Volga」となるそうな。むむむ…もうちょっと調べると第二次世界大戦のロシアの英雄的な狙撃手ワシリー・ザイツェフの言「There Was No Land Beyond the Volga」というのがあった。恐らくここからとっているのではなかろうか。VolgaとはVolgagradで今のスターリングラードのことらしい。(ここら辺違ったら教えてください。)

音の方はどうかというとなかなかの地獄絵図になっております。
前作Throned in Blood(確かジェロ・ビアフラのAlternate Tentaclesからリリースされたと思う。)は怒りに満ちたグラインドコアが怒濤のように展開され大いに驚いたけど、今作も同じようなアグレッションに満ちている。
とはいえ指向性がかなーりドゥームに舵を取られていて、今までの彼らのやり方を踏襲しつつ今作が一番ドゥームなのでは。ドゥームといってもいろいろあるが、今作はかなり先進的かつ容赦ない印象。リフはあるんだけどブラックホールに吸い込まれているように仮借なく引き延ばされ、でかすぎるギターの音量はその輪郭が半ば崩壊しかかっているようだ。かなりノイジーであって、ぎゅらぎゅらいってる訳です。私はギターのノイズが大好き!人によっては完全によけいな音、それこそ単にノイズなのだろうが私にとってはご褒美です。フィードバック音が暴走半ばで飛び交いまくってもう拷問なんだか天国なんだか分からん始末。ただしドラムがしっかりとビートを刻むので、思ったより取っ付きにくくない。きちんとしたロックになっていてグッドだ。Juciferの良さはマニアックな癖に独特のメロディアスさや聞きやすさがあるところだと個人的には思っている。
そこにAmberの絞り出すような叫び声が乗っかってくる訳だが、今作では曲によっては怒り一辺倒ではなくてクリーンボイスをかぶせてきてそのコントラストがたまらん!!!クリーンといっても分かりやすいメロディーをなぞる訳ではないのがさすが。何とも哀愁のある悲しげな旋律なのである。

全部で16曲、7分くらいの長めの尺の曲も多い。かなり濃密。かなり陰惨。呵責のない暗い音楽。
13ドルで買えるのでみんな買え!というくらいに素晴らしいアルバムです。


2013年8月11日日曜日

ディーン・クーンツ/フランケンシュタイン 野望

アメリカの作家でキングと肩を並べる近代ホラー小説界の巨匠。
なのだが、恥ずかしながら私は今まで読んだことがなかった。
そろそろ一冊読んでみようと題名をみてみると何とフランケンシュタインとあるではないか!とほとんど署名だけで購入したのがこの一冊。シリーズ物の1作目で絶賛続刊が刊行中とのこと。
フランケンシュタインというとメアリ・シェリーのあの「フランケンシュタイン または現代のプロメテウス」である。ホラー小説の古典で私が読んだのは学生の頃だった。そのときはフランケンシュタインというのが頭に釘が刺さり、つなぎ目のある顔を青ざめさせた巨人のことだと思っていた。未だに同じ勘違いをしている方もいるかもしれませんが、フランケンシュタインというのは人間の科学者のことで、醜悪な巨人には名前がない。
私はその面白さに心底感動したものだ。一体これは悲劇なのかあるいは過激な喜劇なのかと首を傾げた。

さてアメリカのホラー界の巨匠がフランケンシュタインを題材にとったとあらばこれは読むしかないのである。

現代アメリカはニュージャージー州で殺人が発生。被害者は殺された上に手、眼球、内蔵など体の一部を持ち去られていた。殺人課の刑事カーソンは相棒のマイクルと捜査に乗り出す。
一方チベットの奥地の寺に身を置く巨人は死んだはずの仇敵が生きていることを知りアメリカに旅立つのだった…

元はと言えばテレビ用にクーンツが書いたものが紆余曲折を経て本人によるリメイクとなったのが今作らしい。
基本は現代を舞台にフランケンシュタインと怪物(本作ではデュカリオンと名乗っている。)が軸になるのだが、そこにいろいろな脇役が登場し物語を盛り上げる。連続殺人鬼、人造人間とかなり多岐にわたる彼らに視点が行き来し、めまぐるしく話が展開していく様はさすが巨匠による筆致というべきか。
私が何よりもまして気に入ったのが、ヴィクター・ヘリオスこと(この話の中でもメアリ・シェリーの小説は存在しているので偽名を使っている)ヴィクター・フランケンシュタインのキャラクターである。シェリーのフランケンシュタインは傲り高ぶった若者だった。神の領域に踏む込み、身勝手にも死体に命を吹き込んだ。悲劇が生まれフランケンシュタインは婚約者を始め大切な人々を失って、最後は巨人を追って南極に旅立ったのである。この時点ではフランケンシュタインは悪人ではなかった。おごっていたものの純粋に科学の最先端にその好奇心と勤勉さでもって勇敢にも切り込んでいった。ただ間抜けで腰抜けだった。出来上がったフランケンシュタインに恐れをなして、愚かにも婚約者すら殺されてしまった。シェリーの物語をどうとるかというのは本当に人それぞれいろいろあると思う。私がある意味喜劇だといったのは、このフランケンシュタインの行動があまりに情けなかったからだ。そもそも悪役に肩入れしてしまう私なので、どちらかというと醜く生まれたのに純粋な心を持つ(だからといって100%善人だとは思わない。人も殺すし。)巨人を応援したくなってしまった。
さて、本作のフランケンシュタインは天才を発揮し大金持ちになっている。相変わらず人造人間の制作に精を出し、彼らを新人類と読んで世界を乗っ取ろうと画策しているのである。馬鹿である。相変わらずこいつは傲慢で、そして愚かである。シェリーのときはそれでも純粋なところがあって共感できたが、今作では完全な悪役になっている。

原作の持ついいところを活かしつつ、独自の要素(何より舞台を現代にしているところが素晴らしい)を取り入れてエンターテインメント性マシマシ。
今回は続き物の1冊目ということもあり、各キャラクターが出そろい物語が動き始めるところまで。既にいろいろな謎がちりばめられていて続きが気になるところ。

シェリーのフランケンシュタインが好きな人は是非どうぞ。

2013年8月10日土曜日

Legion/Woke

アメリカはオハイオ州コロンバスのバンド。
ちょっとネットで調べたんだけど、詳しい来歴が分からなかった…
これがデビューアルバムなのかなあ?
写真みると結構若そうだ。

Good Fight Musicというレーベルから2013年にリリースされた。
初めて聞くレーベルだけど、所属アーティストをみるとIn Flames、Funeral for a Friend、Madballと結構なメンツです。ジャンルは、なんだろうね、ごった煮っぽいけど。有名なレーベルなのかな、実は。

さてこのバンドはジャンルでいうとデスコアになるんではなかろうか。微妙に自信がないのはあまりこの手のジャンルに詳しくないからなんだけど。
デスメタルっぽいんだけどデスメタルほどかっちりしてないし、結構新しいっぽいんだよね、曲が。まあデスコアじゃねえよという方いたらご連絡ください。

まあ音楽性を紹介していくよ。毎度思うのだが、音楽性を言葉にして紹介するのは難しいよね…私語彙がないんよね…
5人組でドラム、ベース、ギター2人、ボーカルという比較的オーソドックスなスタイル。
ドラムは今風な感じでツーバスたたきまくりなニチニチした連打がグッド!機械のようだ!
ベースは目立たない!けどやっぱり低音強調しまくりで曲にすごみと実際的な重さを加えているね。
ギターはどうも7弦ギターを使っているようだ。こちらもかなり低音を強調している。たまにヒーンとかびょーんとかいう高音を突発的に出す以外はほぼ低音でリフを弾き散らしている。
さて、ボーカルだ。このバンド私はいい声してんな〜と思って買ったんだよね。デス声なんだがかなり低い。基本グロウルなんだがもう何歌っているのか分からないレベル。「ぶおーぶおー」って感じで。
こいつらが一緒になって作る曲というのが結構今風なんだよね。一番変わっているのはギターリフ!刻んでいるんだけどオールドスクールなメタルのそれではないようだ。リズムの取り方が面白くて叩き付けるような弾き方も多いんだけど、変にテクニカルぶったところはなし。曲はだいたい3分か4分くらいで気取ったところなくシンプルに1曲1曲作り込んでまとめている印象。面白いのは結構力技で攻めてくるバンドの割に速さに頼らないところ。基本中速くらいのスピードで恐らくブレイクダウン(これちゃんとわかっていないんで、意味分かる人いたら教えてください。)というのだろうか、ぐしゃぐしゃっと取り入れております。
普段こういったジャンルを聞かない私からしたら結構新鮮だった。ただちょっと無愛想すぎるかなとも思ってしまったけど。そこが持ち味かもね。
格好いいことは間違いなしです。凶暴なアルバムなので暑すぎる毎日で鬱憤のたまっている人は是非どうぞ。


2013年8月4日日曜日

R・E・ワインバーグ&M・H・グリーンバーグ編/ラブクラフトの遺産

タイトルをみれば一目で分かると思う。
東京創元社より出版されたクトゥルーもののアンソロジー。
「サイコ」の作者として広く知られているラブクラフトの弟子ロバート・ブロック(17歳の時にラブクラフトと文通を始めた。なんと年の差は27!)のラブクラフトに当てた手紙から始まり、タイタス・クロウシリーズのブライアン・ラムレイ、SF作家のジーン・ウルフ、この間紹介したF・P・ウィルスンなど既にその筋で大家とされる面々が名を連ねる恐ろしい短編集。恐らくおのおのの作家が短編集用に書き下ろしていると思われる。勿論テーマはクトゥルー神話である。創始者であるラブクラフトの生誕100周年を記念し、彼の衣鉢を継ぐ彼らは言わばその遺産の相続人である、というコンセプトで14編がおさめられている。まさにラブクラフトの遺産ともいうべき正統的な短編は勿論、作家なりのクトゥルー神話への解釈をもって書かれた一風変わった短編も収録されている。そうはいっても根底にはラブクラフトと彼の生み出した物語への愛と敬意があるからか、コアなクトゥルーマニアにも受け入れること請け合い。
編集者の2人に関しては私は知らなかったけどその道では知られた評論家・学者・アンソロジストだそうな。日本版の解説は朝松健さんが書いており、解説も含めて堂々599ページの一大ホラー絵巻である。
結論から言うとこの本、非常に楽しめて読めた。面白さでいったらここ一番で、アンソロジーとしてはクトゥルーものは勿論、ホラーのジャンルでも比類なきクオリティ。なぜもっと速く読まなかったのかと自分でも疑問に思ったくらい。やっぱりクトゥルー神話は面白い。なるほどこの世に生を受けて多数の作家や創造物の中で扱われ続けているけど、その中核は全く色あせない。そればかりか常に新しい作品が生み出されていることで神話の多様性は増し続けているのではなかろうか。

中でも特に気に入った作品をご紹介。
▼グレアム・マスタートン「シェークスピア奇譚」
ロンドンはサザック区ではシェークスピアの初演劇場「グローブ座」の発掘作業が進められていた。ある日現場から男の死体が発見され、翌日発見者である主人公の友人が惨殺された。主人公はグローブ座とシェークスピアの過去について紐解いていく。誰が友人を殺したのか、そして謎の死体の正体は…
シェークスピアにまつわる実話を見事にコズミックホラーと融合させた作品。化け物の恐ろしさもさることながら、真相の究明を主眼にした探偵小説のようにも読めて楽しい。
▼ブライアン・マクノートン「食屍姫メリフィリア」
孤独を好み墓地を練り歩いてた変わり者の少女メリフィリアは若くして亡くなり、死後は墓地に住み人間の死体を食い荒らす食屍鬼となった。ある日メリフィリアは惚れた人間のために絶世の美女の墓所に忍び込むが…
ティム・バートンのアニメ映画のような趣がある変わった作品。凄惨な描写があるのに全体的にほんわかした印象のあるまさにメルヘンな一遍。ラストは切ない。
▼F・P・ウィルスン「荒地」
ニュージャージー州で小さい会計事務所を営む主人公の前に、かつての恋人が現れる。かつていかれたクレイトンと呼ばれた彼はジャージー・デビルの伝説を調べているのに協力してほしいと頼む。しぶしぶ承諾した主人公は、クレイトンとパインレインズと呼ばれる広大な荒地に踏み込むが…
ラブクラフトの創出したクトゥルー神話を飲み込みつつ、この作家ならではの新しい要素を取り入れた文句なしの名作。見捨てられ荒廃した地にまつわる忌まわしい伝説という設定だけでぞくぞくする。オチの付け方も完璧。

クトゥルーファンを自称するなら読んでおいて損はない、というか絶対読むべき。
ホラー小説ファンも是非手に取っていただきたい。
クトゥルーってよく聴くけどどこから手をつけていいのか分からん、という人にも入門としてお勧めできる文句なしの名アンソロジーです!

SIMI LAB/Page 1 : ANATOMY OF INSANE

さてこのブログ、音楽や本の感想を書いて紹介しているが、過去の記事をぱっとみていただければ分かると思います。非常にジャンルに偏りがあり、音楽に関してはほぼメタルと呼ばれる範疇にあてはまり、さらにその中でもニッチなものばかり。デス、ブラック、ドゥーム、スラッジ聞き慣れない変な冠詞ばかり並んでいるのがわかるかと。
俺Hip-Hopとか聴かねえからさ、じゃなくてほとんどメタルしか聴かない。ヒップホップどころかクラシックだって、テクノだって、ジャズだって、歌謡曲だって、レゲエだって分かりゃあしない。

今回このブログで紹介するのは日本人のHip-Hopです。恐らく始めてではないでしょうか。
ちょっと考えると自分でもなんであまりHip-Hopをあまり聴かないのか分からない。音楽性が合わないからといったらそれまでなのだろうが、それだとあまりに身もふたもない。
考えるとどの音楽にもアティテュードのようなものがあってそれが気に入らないのかもしれません。Hip-Hopというと「最強な俺、ストリートで悪さばかりしていたが、マイクをとり、天下を取り、金と名声を手にする」のようなイメージがどうしてもあります。これHip-Hop好きな人からしたらとても嫌なんだろうな。メタルだっていろんな人たちが多様な音楽を想像していますから、十把一絡げに例えばロンゲで不潔でジャケットと同じようにひどくダセエといわれたら、やっぱりちょっとイラっとするでしょう。
Hip-Hopにだって勿論いろんな人たちがいて、いろんなテーマをそれぞれのオリジナリティを多彩な音楽に表現しています。思えば「俺が、俺が」に代表されるような自信過剰で何より外向的な歌詞が、内省を好む私に会わないのかもしれません。内省的な世界を持った降神やMakkenzといった日本人のHip-HopのCDは持っていて楽しんでたまに聴きます。

自分語りも長くなってしまいましたが、今回紹介するSIMI LABは日本は関東を拠点に活動するHip-Hopグループです。結構有名なのかな?
面白い経緯があるグループで、Wikipediaによると2009年頃youtubeにアップロードした動画により一躍脚光を浴びたとのこと。名前が有名になって、メンバーのソロアルバムなどが先行して発表された後に満を持してという形でこの1stアルバムがリリースされたそうです。それが2011年のこと。

SIMI LABというのはかなり沢山のメンバーが在籍しているようなのですが、このアルバムで中心となるのは5人くらいのメンバー。
さてあまり詳しくないのでと言い訳しつつレビューすると、トラックはどれも非常にシンプルで基盤となるビートがあって、アクセントとなる音が何種が追加されているものの、メインは各メンバーのラップです。どの曲でも4人のラッパーが入れ替わり立ち代わりというかたちで、ラップを披露してきます。途中フックと呼ばれるサビ(の様なものだと思うんだけど)がはいっていいアクセントになっています。ラップはちょっと語弊があるのを承知でいうけど声が大きくない。なんていうのか、俺が!俺が!って人を押しのけて叫ぶような下品さがない。意外にみんなちゃんとまじめに等身大の声でラップをしている印象です。
Hip-Hopは歌詞のことを特にリリックっていて大切にしますよね。声が楽器というか音楽の仕組み上声での表現がとても重要になるからだと思います。
このグループも歌詞はHip-Hop的なところはあります。「俺のスキルはかなりすごい!」という感じ。でも思ったのが、リリックが結構内省的。前にあげた降神ほど物語的で(いい意味で)意味不明ではないんだけど。
インタビューとかみてみたら各メンバーがハーフだったり、でも日本語しか喋れなかったりで色々と普通じゃない少年時代を過ごしたよう。
そんなある意味どこにも所属できなかった異邦人であった彼らにはHip-Hopという音楽が自分のアイデンティティを確立させる一つの手段であったのかもしれません。彼らのリリックにはひねくれた変わり者である彼らが、Hip-Hopという手段を通して私たち大多数に向けた決意表明や宣戦布告にも聴こえます。ひねくれちゃいるし、Hip-Hop特有のビッグマウス感はあるのですけど、なんならちょっと青臭いところがあって、でもそれが生真面目で好感が持てます。

小難しく色々と書いてしまいましたが、単純に聴いて格好いいんですよね。
普段メタルばっかり聴いている人におすすめ!って訳じゃないんだけど、ものは試しでちょっと聴いてみたらいかが?という感じ。意外にはハマるかもしれません。
私はとても好きです。

2013年8月3日土曜日

Palms/Palms

アメリカのポストメタルバンドによるデビュー作。
2013年にMike Pattonの運営するレーベルIpecacからリリース。
日本版はDaymare Recordingsからボーナストラックを1曲追加されてリリース。

4人組のバンドでボーカルが、DeftonesのChino Moreno、楽器隊の3人は元ISISの面々ということで結構話題になった(んだと思う)。
いわば2つのビッグネームによるスーパーバンドなのだ。私はどちらのバンドも好きなのだけど、沢山聴いたのはDeftonesのほうだろうか。
私が中高生の頃は丁度ニューメタルが大流行りの時期でKorn、Limp Bizkit、Slipknotを始め日本ではヘヴィロックなんつって大変もてはやされておりました。その中でもDeftonesはちょっと毛色の違ったバンドで、始めはやたら低音を強調した音質でへんてこなラップっぽい歌唱法を取り入れたりとしてたんだけど、そんな中にも独特の、ほんとに独特のほかのバンドにはないやるせなさや切なさを盛り込んだ曲を作っていた。私は彼らの2nd収録の「Be Quiet and Drive」という曲にどっぷりはまり、これは俺のために作られた曲に違いないと確信し、大音量で繰り返し執拗に聴いては悶え、親にうるせえーボリューム下げろ糞と怒られたものだった。(ヘッドフォンを買って解決した。)なんといってもボーカリストChinoの歌唱法が独特で、ぎぃやーという叫び声からふわ〜っとした浮遊感のあるめろめろボイスまで多彩にこなし、その後もメランコリックな面を押し出した「White Pony」をリリースした彼らはヘヴィロック界のRadioheadなんて変な呼ばれ方をしていたように思う。(してたよね?)恐らく10年以上たった今でもそこら辺のアルバムは今でも非常な楽しみを持って聴き続けている。

最近の彼らはすっかりご無沙汰であったのだが、ISISとコラボときいて手を伸ばした次第。
一聴して分かるが全体的おとなしめの雰囲気で、曲の尺も5分から9分くらいと気持ち長めにとられていて浮遊感のあるものの不安定なところはあまりなく、落ち着いている。
Chinoのボーカルは相変わらずでほぼシャウトはなし。独特な透明感のある歌声で伸びやかに歌っている。ちょっとかすれている。時にはひどく幼く聴こえることもある。やはり不思議な魅力のある声である。
このバンド面白いのは、じゃあ大人しめのロックになるんじゃ?というところを非常にうまく裏切っている。確かに雰囲気はおとなしいのだが、よくよく音を聞いてみるととてもヘヴィである。さすがに元ISISともいうべきか。ギターの音は特に素晴らしく、時に音の輪郭がはっきりとしたクリアなアルペジオを奏で、時に音で粒子の荒い音が非常に濃い密度でかき鳴らされる。曲によってはかなりの轟音の片鱗が見えるのだが、それを下品な感じに聴こえさせないのがすごいところ。ある意味過剰さを信条とする伝統的なメタルっぽさは皆無か。上品な轟音というとかなり変な感じだが、ちょっとは雰囲気が伝わるのではないだろうか。アートっぽさにあふれたポストメタル然とした音なのだが、シューゲイザーのような繊細さがあってそれがボーカルに非常に合っている。
ボーナストラックを入れて7曲だが、通して聴くとあっという間で程よい長さ。

激しさを期待すると肩すかしを食らうだろうが、メンツ的に過激さを期待する人もそんなにいないだろうと思う。
ふわふわしたいよ〜、でもおとははっきりさせてよ〜というわがままな俺とお前におすすめの1枚。

個人的にはこの曲が好きだ。

F・P・ウィルソン/マンハッタンの戦慄

アメリカの医師で作家のF・P・ウィルソンによる小説。

ニューヨークはマンハッタンで始末屋を営む男ジャック。
過去を消し、戸籍は既になく、いくつもの偽名を使い分け探偵より暴力的で多彩な難事を片付ける男。夏のある日ジャックに隻腕のインド外交官・クサムから奪われたネックレスを取り返してほしいという緊急の依頼がはいる。依頼人の態度が気に入らないジャックだが、結局は依頼を引き受ける。同時に分かれた恋人ジーアから失踪したらしい義理の伯母の行方を探す依頼が入る。本来ならば始末やの仕事ではないと断るべきところ、ジーアに未練のあるジャックはこれも引き受ける。一見関係のない2つの難事件の背後には実はおどくべき真相が…

実はこの本作者による一大シリーズナイトワールド・サイクルという大きな物語の中の一遍で始末屋ジャックの初登場作品とのこと。ちなみに私はこの作者の本はこれが初めて。
上巻(2冊に分かれてます。)あらすじを読むとまあ普通のハードボイルド作品に思える。かわっているのは始末屋という主人公の職業だが、やたらと武器を帯びるのを好む主人公の描写を読むとなるほど非合法の探偵家業といったところで、もうすこし剣呑な事案を暴力的にに解決するのだな、と見当はつく。
ただしそれだけではいかないのが、この小説である。
まず翻訳したのが大瀧啓祐さんである。このお名前をみただけでも分かる人は分かるのではないだろうか。何を隠そうラブクラフト全集を始めとする一連の神話体系の翻訳の第一人者とされる方である。
この小説はマンハッタンを舞台にしたハードボイルドであると同時に、ラブクラフトが創出し今も連綿と続くたコズミックホラー的な要素を持つホラー小説でもある。しかも2つの要素がともに一流であるから抜群に面白いのである。
この小説なんといっても面白さの秘訣の一つが、ベースはコンクリートでできた近代的な島マンハッタンを舞台にした探偵小説であると思う。クトゥルーものにありがちな裏寂れた怪しい山村や廃墟の地下室など、いかにも何か超常のものが飛び出てきそうな場所が(メインの)舞台ではない。クトゥルーファンなら一度では思ったことがないだろうか?あの恐ろしい邪心たちが果たして現代に蘇ったとして、その恐ろしさを小説の中と同じように保つことができるのだろうかと。
都心の真ん中で右往左往する偉大なクトゥルーというといささか滑稽だけども、異様であればあるほど現実とのギャップは広がっていってしまう。あの独特の世界観があっての愛すべき化け物たちなのではと、わたしはちょっと考えたことがある。
この小説はその「もしも」にとてもうまく回答していると思う。ラコシと呼ばれる異形の怪物はマンハッタンの中でもその異様さを遺憾なく発揮している。とても恐ろしい。ううむと唸るほどうまくかけていると思う。

クトゥルーものというと創始者のラブクラフトからして修辞の多い独特の文体とマニアックな雰囲気(勿論それが魅力の一つなのだが)があって、苦手な人もいるかもしれないが、この小説は比較的男らしい読みやすく分かりやすい描写で書かれているのでどんどん読めてしまうのもいい。
謎めいたジャックだが、裏家業にどっぷり浸かっている身でありながら、別れた恋人やちょっと問題のある父親との関係などを断ち切れずにいるのもの人情味を感じさせている。始めはちょっと気取った野郎にすら思えて鼻につくのだが、意外に熱血漢であって男からしても魅力がある。

クトゥルーファンは勿論。イプウかわった冒険小説を読みたい人にもお勧め。
とても面白かったので、ナイトワールド・サイクルの一作目から読んでみようと思ったら絶版になっているようで非常に残念…
ジャックシリーズは今でも買えるみたいなので、こっちを読んでみようかな。