2013年4月28日日曜日

ユッシ・エーズラ・オールスン/特捜部Qー檻の中の女ー

デンマークのミステリー・警察小説。
組織のつまはじきものの男性刑事と謎の移民男性という珍しい組み合わせバディものの第1作。第3作目は北欧の最も優れた推理小説に贈られるという文学賞、銀の鍵賞を受賞した。

コペンハーゲンの刑事カール・マークはある事件の捜査で犯人に襲われ、同僚一人を亡くし、もう一人の同僚は半身不随に。カール自身の怪我は軽く、罪の意識に苛まれる彼は警察の職務にいっさいの情熱が持てなくなってしまう。
同時期現在の政権は新たな警察組織の結成を公約。”世間を騒がせたが未解決に終わった知名度のある事件”の再捜査をその新組織で行うというもの。かつては敏腕だったものの、今ではすっかり情熱を失ったカールを持て余した上司は、彼の厄介払いと新組織に伴う使い予算を目当てにコペンハーゲン警察下に新たな組織を結成。担当メンバーはカール一人。
組織の名は、特捜部Q。
警察署の地下に追いやられ、(警察官ではない)雑用係としてシリア系の移民アサドが割り当てられる。あかさらまな厄介払いに腐るカールに、変人アサドは無邪気に捜査を促す。形だけでもと、当時世間を騒がせた美人女性議員失踪事件の捜査に乗り出す2人だが、事態は思わぬ方向にむかい、真相が次々に明らかになる。

流行に乗って北欧の警察小説を読みあさっているけれど、(元々はクルト・ヴァランダーシリーズを読んでからどっぷりです。)これもその中の一冊。
クールだけど素っ気ない表紙、そして何より傷を抱えたシニカルなはみ出し刑事。
そして作者の御尊影がこちら。
苦みばしり、世間の表も裏も知り尽くしたお顔ではないか。記者かひょっとしたら傭兵かという強面である。
これはなかなかハードボイルドそうな小説だぜ、ゴクリとばかりに妙に居住まいを正してページをめくり始めたのだが、なんとこの小説かなり面白い。おもしろいのはもちろんお話としてもすごく、面白い。また同時に結構コミカルでもある。かなり悲惨な内容を扱っているので、正直読み進めるのがつらいところもある。特に犯人たちの執念とそのレールの外れ方といったら、本を壁に投げたくなるくらい自分勝手でおぞましいものなのだ。しかし、同時にコミカルでもある。このコミカルさがこの小説の優れたところの一つだと思う。おそらく作者はテーマ的に、また一連の警察小説のようにどうしても物語が陰惨さ一辺倒でひたすら暗くなってしまうことに憂慮して、意図的に喜劇的な要素を強めに入れたのだと思う。この話のコミカルさは会話の妙もあるけれど、一番は謎の移民男性アサドというキャラクターのよるところが大きい。アサドは警察官ではなくただの雑用係として雇われている。部屋の片付け掃除をし、資料の片付けをしてカールにお茶を出す。アサドは無邪気だ。むくれるカールに「速く速く捜査しましょう」とせっつく。謎のお茶を出してカールを閉口させる。女好きで署内の女性とすぐ仲良くなれる。車の運転が超荒い。そしてデンマークに来る前の経歴は謎に包まれている。このアサドがま〜縦横無尽に動き回るのである。ぺちゃくちゃおしゃべりするのである。署内のピリピリした緊張感なんて吹き飛んでしまうのである。過去の事件に悩むカールもウジウジしてられない訳である。堅物とエキセントリックな変人という組み合わせ自体は珍しいものではないかもしれないけれど、ここまであっけらかんとしたシリア系移民というのはなかなかないのではないだろうか。ある意味でアイディアの勝利である。

さてまたもう一人の主人公カールのキャラクターもアサドに負けないくらいよい。こらまたエキセントリックな別居している妻がいて、妻とその愛人のためにやたら金をせびられたり、同居している血のつながらない思春期のヘヴィメタル好きの息子との関係性に悩み、こらまた同居しているモーデンは料理の腕は抜群なのにこれまた変人。半身不随になってしまった同僚を根気よく見舞うも「殺してくれ」と頼まれる。女性関係では失敗ばかり。自分の体調もわるく捜査の途中に倒れてしまう。いわばまあとんでもなく絶不調で浮き世の憂き目ばかりみている訳なのだけれど、カールときたらへこたれないのである。スロースターターで始めは地下で居眠りばかりしていた彼だが、アサドに尻を叩かれ嫌々ながらも捜査に乗り出すとかつての敏腕刑事が目覚め、エンジンがかかったとみるや難解な(何せ一回は迷宮入りした事件な訳である。)捜査に全力で立ち向かう。

この物語上記変わり者2人の凸凹コンビが活躍する話に間違いはないのであるが、個人的にはもう一人主人公がいると思っている。それがサブタイトルになっている檻の中の女である。この本はいわば全編にわたって彼女の戦いの物語なのだ。ひたすら虐げられる彼女はそれでも自分と愛する弟のために戦い続けることをやめない。
いったい彼女は誰で、彼女の戦いがどういった結末を迎えるのか、すべてが明らかになったとき、とてつもない感動が待っている。強さとはただ力でもって打ち勝つことではない。ぼろぼろになって最後力つきてしまっても残る毅然とした精神、いわば誰にも認められない魂の気高さについて力強い文体で描写されている。
繰り返しになるが、これは絶体絶命の窮地に追いやられても戦い続ける一人の女性の戦いの物語なのだ。女性の武器といったら愛と勇気なのだ。こっぱずかしいですか。確かにそうだ。でもそう思った人こそこの話を読んでください。

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