2015年3月29日日曜日

Torche/Restarter

アメリカはフロリダ州マイアミのストーナーロック/スラッジメタルバンドの4thアルバム。
2015年にRelapse Recordsからリリースされた。
ポップなストーナー音楽をならすという事で本邦でも知名度があるバンドの3年目の新作。
ミックスは売れっ子Kart Ballouが担当。
私が買ったのは2012年に発表されたシングルが2曲追加されたデラックスバージョンの方。アートワークは色使いがキュートだが、窓からは光沢のある触手の様なものが入り込んでいる(始めは猫のしっぽかと思ったのだけど)毒のあるもの。

基本的な音楽性は以前から変わらず。
ヘヴィな演奏をバックにポップとも言えるメロディが乗るスタイル。ただし、特にアルバムの後半については演奏面のヘヴィさが増しているように思える。
ドラムはあまり手数が多くなく、正確にリズムキープに徹するタイプ。とにかく乾いて尖ったスネアの音が特徴的で低音が強調される全体の演奏感でバシっと強い力で刻まれるスネア音が跳ねるように目立つ。
ベースはグルグル唸るように演奏するタイプ。運指が激しいのかぬるぬる動く。
ギターは相変わらず疾走感があって弾きまくるスタイル。やや丸みのある重量感のある音で、基本的には低音のリフをグイグイ引っ張るようにぶん回す重量感のありつつ爽快感のあるもの。対照的に余韻を残すように引っ張るような高音の単音リフが格好いい。
ボーカル/ギターのSteve Brooksの厳つい外見からは想像できない甘くて良く通る声が伸びやかに歌う。
何と言ってもヘヴィさとポップさのバランス感覚に優れている訳だけど、例えばブラックメタルの一部のバンドのようにメロディを一手にギターにずらしている訳ではなくて、あくまでも人の声で表現しているのが面白い。よくよく考えればこっちの方が圧倒的に普通なんだけど…この界隈では潔い位歌わせるもんだから逆に特異な存在になっているという。まるで違和感なく硬質さと伸びやかなボーカルが混じり合っている訳なんだけど、シーンを見てみるとなかなかにたバンドがいない事を考えると(私が知らないだけというのは大いになると思うけど。)やはりとても難しい事なのかもしれない。
7曲目の「Blasted」のTorche節!とも言うべき重たくポップな爽快感、速度を落として「No Servants」のノイズにまみれた影のあるややくらいメロディ、「Believe It」のさらに速度を落とした圧倒的な重量感とギターの音の密度の濃さ、という3曲の流れがたまらない。アルバムの流れがとても良い。

個人的には後半の縦線者の様な低音感も格好いいのだけれど、これ以上重くなるとメンバーの別バンドFloorに接近しすぎてしまうのでは…と危惧。(ズゥムっとためるようにぶった切る鈍器の様な低音リフはFloorっぽいなと。)アルバム前半くらいのバランス感覚がちょうど良いかなと思います。ここら辺はバンドに何を求めるかという問題かも。
相変わらずのクオリティを保ちつつ、低音にやや舵を取った感のあるアルバム。まだ買っていない人は是非どうぞ。

ちなみにオフィシャルサイトではかなり丁寧に書き込まれたドット絵のミニゲームが公開されている。プロモーション用という事で作られたとの事。結構難しい。気になる人はこちらもどうぞ。

ヘレン・マクロイ/歌うダイアモンド

アメリカの女性推理作家の短編集。
Amazonに結構この人の本をお勧めされるので気になっていたもんで、丁度東京創元社から発売された短編集を買ってみた。
ちなみにヘレンなのでどう考えても女性なので、勝手に男性だと思っていた。多分他の本のあらすじとか読んでハードボイルドだなあと、ハードボイルドなら男だろうと、そう思っていたのかもしれない。
マクロイは1904年生まれの1994年没。この短編集は本国で「The Singing Daiamonds and Other Stories」という生で発表されたものに日本独自に一つ中編を足したもので、収録されているのは1946年から1968年の間の作品。40代という事でもっとも脂ののっていた時期なのかもしれない。推理小説作家として活躍しただけあって、カッチリとしたミステリー、突飛な状況を描いたSF、それから何とも詩情にあふれた物悲しい短編と結構色彩豊かな短編集になっている。
読んで思ったのは非常にアメリカ的だなという感じ。からっと乾いたところがある。例えば最近はイギリスの女流作家の短編集を読む事が何回かあったのだけど、そこに共通するしっとりとした繊細な感じはあまり無い。変な表現だがもっと男性的なイメージで、そこでは確固たる現実に置ける物的証拠が何よりも強固なモノリスとして屹立している様な、そんな世界観である。だから現実的であり、より生活感が漂うとも言える。なかでも「カーテンの向こう側」という短編があって、これは悪夢にまつわるホラー的な要素を活かしつつも、あくまでもミステリー的な解法に到達する面白い話なのだが、犯罪に巻き込まれた女性の心理を生々しく書く反面、一定の距離を保ち物語が個人的なものにならない、あくまでも”事件譚”として扱っているところが面白い。
ジャンル的にも暴力や犯罪は沢山出てくるのだが、残酷描写あくまでもさらりとしているところが女性的である。SF短編「ところかわれば」はユーモラスな作風だが、後半には強い男性批判が描かれている。ここら辺に作者の強い姿勢と主張が伺える。きっといまとは違う時代、女性の待遇も大きく違ったのだろうと思う。

「人生はいつも残酷」は盗みの汚名を着せられた挙げ句殺されかけた主人公が、別の人間になり因縁の地に戻って謎のを暴く話。男性作家なら復讐譚にするところを「それは燃え尽きた青春の後味だった」という悲しい詩情にあふれた物語にするところは流石。身勝手な真犯人の醜悪さも見事。
一番気に入ったのは「風のない場所」でわずか10ページ無いくらいのこの短編では一人の女性の視点で世界が破滅する様を淡々と描いている。大量死ですら膜を隔てたかのように冷徹に書かれているが、だからこそその恐ろしい以上今日がかえって生々しく感じられるものだ。人間中心的に考えれば無常感の漂うラストもなにかしら清澄なものに思えて島から面白い。

ヘレン・マクロイ入門編にはうってつけかもしれない。気になっている人は是非どうぞ。

2015年3月21日土曜日

Terra Tenebrosa/The Purging

スウェーデンはストックホルムのポストメタル/ブラックメタルバンドの2ndアルバム。
2013年にTrust No One Recordsからリリースされた。
1stアルバム「Tunnels」はたしか発売当初にジャケ買いしたのだが、2ndはスルーしていた。この間紹介したポストハードコアバンドBreachがどえらい格好よかったもので、Breach解散後にメンバーが結成したのがこのバンドだと知って慌てて2ndを買った次第。
狐の鬼みたいな可愛い覆面を被っているお洒落な3人組バンド。

ジャンル的にはポストメタル、アヴァンギャルドメタルと紹介される事が多いのだが、個人的には結構ブラックメタルだなあと1stの時から思っていた。
ブラックメタルと言ってもファスト且つ荒々しいプリミティブなものからは大分隔たっているけど。まあジャンルは何でも良いのだが何となく説明してみよう。
まずカテゴライズも難しいし大分変わった音楽である事は間違いない。速度は速くもなく、どっちかというと結構余裕がある。体感的に遅くはないが、スラッジと称される事もあるみたい。
音的には結構特徴ある独自のスタイルを構築している。
ドラムは連打する時はバスドラと呼応する形でしたシンバルを刻んでいく。これがかっこいい。
ギターはかなりソリッドかつクリアな低音を主体にして結構パンキッシュなリフを演奏する。ミュートを使わないで弾ききる様なリフが多めでこれは元ポストハードコアバンドならではかもしれない。音的にはジャリジャリ感が無いので結構メタリックだが。ここら辺もブラックメタルっぽさを感じさせる。で、この低音にキャラキャラした不協和音ぽい高音をかぶせてくる。Deathspell Omegaを彷彿とさせる不穏なスタイル、というと分かりやすいかも。
ボーカルも特徴的で、ぐええとのどから絞り出す感じのしゃがれ声で、凄みはあるけどデス声とは異なる。なんとなく悪意に満ちている感じはやはりブラックメタルのそれを彷彿とさせる。終始叫んでいる訳ではなく、ぼそぼそ呟いたり、妙に一本調子な呪詛めいたフレーズを入れて来たり、ぐにゃっとしたエフェクトをかけたりして不安感をあおるタイプ。ボーカルパートも曲の尺からするとそこまで多くの比率を締めてはいない。
曲によってはストリングスを大胆に取り入れて大仰な演出をしている。また、くぐもった人の声がかすかに聴こえる不穏なドローンパートもふんだんに取り込んだりして、かなり凝った作りになっている。世界観というとあまりに陳腐だが、楽曲を全部のパートを素材にして奇妙な建築物を構築する様な真面目さが全体を通して強く感じられた。お面や黒で統一された意匠もそのためで、表現という意味合いにおいてとてもこだわりが感じられていてアーティスティックだ。雰囲気は圧倒的に暗いが、残酷性ではなくこれから何か悪いことが起こるぞ、という予感めいた不安感に完全に舵を取っているのが面白い。不安に歪みつつも、カタルシス的な疾走感を曲に付与する事で聴きやすさの配慮もあってなんだかんだいって分かりやすいのが好きな私的にはとても良い。

ジャケットは曇天の下、草生い茂る荒野にメンバーがたたずんでいるものだが、この灰色感がよく中身の音楽も表現していると思う。
カテゴライズするのは難しくても音楽性は確固としているので、思った以上に聴きやすい。オススメっす。

表題曲のかっこよさよ。


Svffer/Lies We Live

ドイツはビーレフェルト(もしくはミュンスター、ベルリン)のハードコアバンドの1stアルバム。
2014年にドイツのPer Koro Recordsからリリースされた。私はデジタル版をBandcampで購入。
2014年ベストアルバムに上げる人も多かった話題のアルバム。いま検索したら日本でも沢山レビューされていてその人気を再認識してビックリした。まあ話題になっているし〜位の気持ちで買いました。すみません。

バンド名はSuffer(苦痛)のuをvにしたのかな?字面通り尖りまくった攻撃的なアルバム。ジャンル的にはグラインドコアかパワーバイオレンスになると思う。所謂クロスオーバーな音で分類が難しい。ただ個人的にはハードコアが根底にあるバンドだろうと思う。ブラックメタルやネオクラストの文脈というか影響もあるそうな。
要するに速くて重たい音楽。ドラムはブラストしまくり。ギターはブリッジミュートを多用しないハードコアタイプでとにかく弾きまくり。ベースはゴウゴウした固さのあるこれもハードコアタイプ。ボーカルは女性で終始吐き捨て型の完全ハードコアタイプ。しゃがれていてドスのあるわめいている割にキンキンしていない。
全体的に荒々しさがあって、そこがハードコア由来というイメージを際立たせている。よそ様のレビューでも引き合いに出されているが、Convergeと似ているところがある。喧しい事この上ないが、影のあるメロディが随所に仕込まれているところも似ている。
個人的にどうかというとギターがメロいと思う。曲が馬鹿みたいに速くてメロいのだからこれが受けないはずは無かろう。何がすごいてやはり攻撃性が少しも損なわれていない事だろう。この手のバンドでは良く激しさとメロディアスさが同居されているが、このバンドは激しさ一辺倒かつ抒情的なのだ。矛盾しているようだが、ブラックメタルとか好きな人は多分何となく分かるのではなかろうか。ボーカルは派手だが、あくまでもメンバーの一人なのでギターがメロディを引き受けているのだと思う。しかもずっとめろめろしている訳ではなく、場面によってはメロい。テクニカルだが技巧自慢にならないタイプでとにかくフレーズのバリエーションが豊富で、低音を主体に飛び道具的な高音リフ、グルーヴィで跳ねる様な中音リフと忙しく弾く割には煩わしくない。(よくよく聴いてみるとベースも結構色々弾いている様な気がする。)ずるい。

というわけでこりゃあ話題になるはずのクオリティ。五月蝿い音楽が好きだ!という人でまだ聴いていない人はいますぐどうぞ。超カッコいいです。

ロバート・ブロック/予期せぬ結末3 ハリウッドの恐怖

アメリカの作家による短編集。
井上雅彦さんによる「予期せぬ結末」という海外の異色の作家の短編をまとめたシリーズの第三弾。ジョン・コリアーとチャールズ・ボーモントが編集されているそうだが、そちらは読んだ事が無い。
この一個前の記事で紹介したダフネ・デュ・モーリアの「鳥」や「レベッカ」を原作とした映画を監督しているがアルフレッド・ヒッチコックだが、彼の一番有名な映画は「サイコ」ではなかろうか。その「サイコ」を書いたのが他ならぬロバート・ブロックである。(ちなみに続けて読んだのは偶然だ。)「サイコ」以外にも沢山のテレビや映画の脚本を書いたそうで「ハリウッドの恐怖」という題は同名の短編から取られている。映像作品に多く関わっていたブロックが、そこを題材にネタにしたのだろうと思う。
さてブロックには実はもう一つ顔があって、それがクトゥルー(クトゥルフ)神話の継承者であることだ。開祖ラブクラフトとの年の差はなんと27歳!だそうだが、熱心に文通して親交は厚く、クトゥルーファンに取っては御馴染みの禁断の書物「妖蛆の秘密」は彼の手によるものだそうな。私もラブクラフトの弟子といったらなんとかくブロックというイメージがある(他の年上の作家達は弟子というよりは同士とか仲間とか言ったイメージ)。そんなブロックは邦訳も色々出ているのだが、ほとんどは絶版状態(「サイコ」も絶版。)で私は色々なクトゥルーアンソロジーでしか彼の作品を読んでいない。(なんせ「アーカム計画」だって読んでないんだ。こんなんでファンと言えるのか…)で、そんな彼の短編が読めるって訳でこの本を買ったのだ。
残念ながらこの短編はクトゥルー作家としてのブロックというよりは、短編小説の名手としての彼に焦点が当てられていて、勿論コズミックホラーは一つも含まれていないのだが、それでもブロック流の怖さがぎゅっと詰まったホラーが目白押しだ。
デュ・モーリアと違ってこちらは恐怖そのものを書く作家だから、奇想そのものが面白く、狂気が香り血が滴る悪趣味の博覧会といっても言いだろう。勿論心理描写が無い訳ではないし、むしろ豊富でそこら辺が抒情的な物語とどの作品にも顔を出す人を食った様なブラックユーモアに良く現れている。
いくつか特に気に入った作品を紹介。

プロットが肝心
ロボトミー手術を受けた女性がなんかおかしい事に気づくという作品。映画に絡めた筋もいいんだけど、なんといってもロボトミー手術を受けた後のすっきり感の意外性、そして意識のブラックアウト(記憶と感覚が吹っ飛ぶ)が面白い。一瞬後には全然違う国にいたりして、ここの部分はさらっと流されているけど実はかなり怖い。

牧神の護符
牧神というとパンであるから、どうしてもマッケンの「パンの大神」が頭に浮かぶが、期待を裏切らず素晴らしいないようだった。この話が一番怪奇且つクトゥルー風味があるだろう。ギリシアの森の奥深く、忘れ去られた遺跡ではかつて人ならぬ神に生け贄が捧げられていたいう、そこで若い考古学者が目にしたのは…という内容でもうゾクゾクくるでしょ。

弔花
編者よるとジェントルストーリーと紹介されている。祖母に引き取られ墓で育ち幽霊と遊んだ少年が大人になる話。大人になるって色々な書き方があるなと実感。読み進めるとこうなるんだろうな〜読みたくないな〜と思うのだが、ページをめくる手が止まらない。人を感動させる話なんだけど、意外に捉え方は人によるのではないだろうか。私にはロマンティックに思えた。生きる事が傷つく事なら最後の痛みは主人公をどこに連れて行くのだろう。

なんせクトゥルーファンなんでもっとドロドロした奇想天外な物語が読みたいよーというのは正直あるのだが、それでも十二分に楽しめた。
面白くかつ、都会的な雰囲気の中におどろおどろしさを感じたい人は是非どうぞ。
各版元の皆様に置かれましては、他のブロック作品の重版を切に御願いする次第でございます。確実に一冊は売れるかと存じます。

ダフネ・デュ・モーリア/いま見てはいけない-デュ・モーリア傑作集-

イギリスの女流作家の短編集。
版元は安心の東京創元社。赤い帯がまぶしい。
著者ダフネ・デュ・モーリアのことは全然知らなかったのだがAmazon先生にお勧めされたので買ってみた。帯の文言で知ったのだが、かのヒッチコックの代表作「鳥」の原作を書いたのが、この人だそうで。ほかにもやはりヒッチコックの手によって映画化された「レベッカ」という作品が有名との事。
ダフネ・デュ・モーリアは1907年にロンドンに生まれ、1989年逝去されたそうな。検索してみると落ち着いたまなざしの中にも意思が見て取れる美人さんだったような。この短編集に収録されている物語はだいたい60年代から70年代に発表されたもの。(書かれたのはもっと前かもしれない。)
女性作家で英国というとこの前読んだばかりのメイ・シンクレアがすぐ思い浮かんでしまうが、女性の燃える様な情念に浮かされたシンクレアとは一線を画す。もっと落ち着いた視点で物語は淡々と進む。女性ながらの視点は心理描写に優れ、特に男性達は女性や奇特な運命に翻弄されながらも強さと可愛さ、そして愚かしいほどの弱さを持って描かれていると思う。ちょっと馬鹿すぎないか!と思う場面もあったのだが、よくよく読んでみるとパニックに陥ったり、ふとした事ですぐに機嫌を損ねる男性の姿にはよくよく見覚えがあるものだ。すなわち自分を見ているようでなかなかむむむ…という感じで思い当たる節々がありました。
さて冷静な観察眼によってしかし、穏やかな筆致で進む物語とは思いきや、さすがイギリスというべきか、やはり一筋縄ではいかない物語ばかりである。さすがにかのアルフレッド・ヒッチコックが惚れ込んで監督したはずである。収録されている5つの短編はどれもこれも”怖さ”をはらんだ物語である。この”怖さ”が面白く、短編によって猟奇的怪奇趣味、太鼓の鈍いと因縁、巧みに真意を見せない何を考えているか分からない奇人、上っ面だけの人間関係のその醜悪な裏側、SFスパイスを利かせた超自然的恐怖とバリエーションは豊なのだが、どれも根底して人間の心理が怖いのである。要するにこの著者の場合中心には人間心理があり、どうもそいつがいびつな形をしているようで怖いのである。(ただ醜いものと扱っているのではなく、所々に愛情や愛着を感じさせるのがまた面白いところ。)いわば日常生活、そしてその向こうにある奇妙な世界、または現代この時間とこの土地から隔たった人外の世界、それらは全く舞台装置にすぎない。いわば特異な状況で起こる人間の心理を書くために用意されたアイテムである。だからそれらに対する言及は、あくまでも主人公達がみたままそのままの姿で、どちらかというと簡潔に描かれている。人間というのを何千という言葉で表現する際に、デフォルメに必要だったのである。いわば日常で垣間見えるちょっとした真理をまるで顕微鏡で見るように拡大させたのが彼女の小説で、そこに書かれているものはいくら舞台が現実から隔たっているように見えても、根底には私たちの”思い”があるわけで、だからこそ共感でき、だからこそ怖いと感じるのだろう。
個人的には表題作「いま見てはいけない」の「おかしくなっていたのは俺の方だったアァー」感、そしてラストの江戸川乱歩感(思わず突っ込みが口から出た。)がたまらん。「第六の力」は聖職者が信者を引き連れて聖地エルサレムに赴くのに、みんな自分の事しか考えていないで動くのが、これはもうグロテスクとしか言いようが無く気持ち悪かった(勿論褒め言葉)。
しっとりとした怪談が読みたい人は是非どうぞ。

2015年3月15日日曜日

TechDiff/P.Conv

イギリスはシェフィールドのDave Forresterによるプロジェクトの2ndアルバム。
2012年にAd Noiseamからリリースされた。
この間紹介したEP「The BlackDog,Released」がとても良かったのでその後リリースされたフルアルバムを買ってみた次第。レーベルからデジタルで購入。

前作は暗い雰囲気でありつつもハチャメチャなビートを刻むオーソドックスなブレイクコアだったが、今作は少し趣が異なっている。
まず全体的にシリアスになった。元々複雑なリズムの上に乗っかるあまり主張しないメロディは暗いものだったが、今作はさらにそこが押し進められ、リズムを飲み込む勢いで領域を拡大して来た印象がある。相変わらずエコーのかかったシンセ音は無機質でメロディラインをなぞるのも難しいが、非常に効果的に耳に入ってくる。完全にエレクトロドローンな曲もあったりする。
理由はいくつかあると思うのだが、大きいのがリズムとなるビートの激烈さが抑制されている事。所謂ブレイクビーツに比較したら音の数自体は未だ多く、さらに複数のリズムを複合させたかの様な複雑なビート感も健在だが、たとえるならばお祭り騒ぎの様なハチャメチャさは鳴りを潜めている。音の数自体が減っている分一音自体の存在感は大分増している。これはビートだけの話ではないのだが、端的に言ってダブステップへの接近が見られると思う。太い歪んだビートがドゥンドゥン響き、びよんびよんうなる連続する歪んだベース音は確かにダブステップ風である。
元々どちらかというと寡黙なメロにリズム重視の楽曲を作成しているTechDiffにとっては安易に流行を追いかけたというより、自身の楽曲のキャパシティからそっちの方面に巧妙を見いだし比重を置いたというところだろうか。聴いていただければわかるのだが、所謂ダブステップにしてはやはりリズムの音が喧しすぎると思う。これをブレイクコアとダブステップのどっち付かずの半端ととらえるか良い所取りのハイブリッドとらえるかはひとえに聞き手次第だと思う。個人的には後者の方で初め戸惑ったもの、これはこれでアリだなと思う。煙に巻く様な”芸術性”という名の分かりにくさは皆無なのでだいたい3回くらい聴けば好きか嫌いかは判断できるはず。

2015年現在この音源以降Techdiff名義でのリリースは無いようだが、この音源が過渡期のものだとしたら次作が気になるのが心情というもの。つぎは一体どんな作風でくるのか楽しみである。
暗いテクノが好きな人、ダブステップが好きな人はどうぞ。