日本は東京のスラッジコアバンドの3rdアルバム。
2016年に自主リリースされた。彼らのBandcampで無料で公開されている。
2011年に武蔵野美術大学の学生によって結成されたバンドでオフィシャルサイトによると現在は4人編成。Guilty Forestさんのインタビューによると過去はツインドラム体制だった事もあるようだ。私は過去の音源も聴いた事ないし、名前を知っているくらいだったのだが、今作がリリースされるとやにわにTwitterで「BOMBORIがヤバい」というツイートが目立つようになり、それではと思ってダウンロードした次第。結果からいうとヤバかったです。
「俺たちはいやされる、くたばれ」と題された今作、何となく一風変わったハードコアを演奏するバンドなのでは?と根拠無く思っていたのだが、聴いてみると完全に殺傷力の高いスラッジをやっていて驚いた。それも相当ピュアかつややオールドスクールなタイプ。私の好きなGriefを彷彿とさせる様なフィードバックノイズ多めのトーチャーっぽさもあり、現在にこんな音を出すバンドがいるなんて驚きであり、嬉しさしか感じない。
全く親しみやすさがなく、どす黒さがノイズの奔流になってあふれてくる。この手のスラッジに私が感じる良さはブルータルさは勿論、陰湿さ、底意地の悪さ、そして停滞した諦観・放心だろうか。この音源はこれらをほぼすべて備えている。悪意をぶちまけた様な途切れないフィードバックノイズを断ち切り、そしてまた続いていく、タメが強烈に意識された引き延ばされたリフがズルズルと曲を引きずっていく。もったりとした沼を這い回るベース、そして沼が盛り上がっていくように浮上してくるボーカル。
反復的なリフが酩酊感をもたらす。所謂”ポスト感”は皆無で徹頭徹尾暴力的。殺傷力だけならハードコアで良いのだが、なんといってもスラッジ特有の「もう駄目だ」感が余すところなく演出されていてそこが素晴らしい。
トーチャー成分色濃い前半からスピードアップする中盤〜後半、全10曲で34分というコンパクトな構成も素晴らしく、そういった意味だと意外に敷居は高くないのではなかろうか。全編トーチャーも聴きたい気持ちもあるが。アルバムを通しての聴きやすさという意味では非常にバランスが良い。
いやーこれは本当良いです。ヤバいヤバいと言われるのが納得の出来。2016年に日本のバンドがこの音を出しているというのは個人的にとても嬉しい。次はどんなの出してくるんだろうと早くも気になっているのだが、まずは前作を聴いてみるのが先かな。非常にオススメ。
2016年7月10日日曜日
NAILS/You Will Never Be One of Us
アメリカはカリフォルニア州オックスナードのパワーバイオレンスバンドの3rdアルバム。
2016年にNuclear Blast Recordsからリリースされた。
NAILSはロサンジェルスで活動するハードコアバンドTerrorに在籍していたTodd Jonesと同じくロサンジェルスで活動するこれまたハードコアバンドTwithing TonguesのTaylor Youngが中心になって結成されたパワーバイオレンス/グラインドコアバンド。
上記のTwitching Tounguesと一緒に来日にしたこもあって私も見に行ったりしました。その時は髪の長くて線の細い革ジャンに身を包んだ(Theメタラーという感じの)選任ギタリストがいたのだが、彼はその後脱退したようで現在は3人体制のようだ。
このアルバムのプロデューサーは売れっ子Kurt Ballou。何とも粗野でとにかく荒々しいアートワークは一人ブラックメタルバンドLeviathanのWrest(WHTHD名義)の手によるものとの事。シングルカットされているタイトル曲にはConvergeのJacobやNeurosisのScottも参加している。(各人一分だけだけど。)良い話じゃないですか。(つまり絶対に良い話じゃない的な意味で)
10曲で21分。ラストの1曲は8分あるからその他の曲はだいたい1分かそこら。とにかく猛スピードで突っ切るタイプの爆速バンド。選任ギタリストが不在ということでやけっぱちなソロはさらにコンパクトになり、その代わりに非常にノイジーな高音は増加。全体的には引き続き低音に振り切った真っ黒い音。ミュートを用いたリフはリズミカルに刻まれ、良く動くベース、強烈なアタックのドラムと相まって真っ黒い嵐の様な様相を呈している。ブラストもありつつ緩急付けた楽曲はスラッジの要素も強く、パワーバイオレンスのきな臭い香り。いわばメタリックに武装した非常にタフなハードコアと言った趣。高速と低速を神経症的に行き来する様はまさにバイオレンスの一言だが、間となる中速もどっしり構えた弦楽隊と、タンタンと打ち付ける口径の大きい機関銃の様なドラムがひたすら首を振らせてくる無慈悲なシステムでブルータルな事この上無し。
「俺らの苦痛はおまえらのそれではない」とポーザー(震えております)に叩き付けるような刺々しくヒリヒリした詩が突き刺さる呵責のない音楽性は、バンドがロゴ的に使っている鉄条網に囲まれた犬のドローイングにぴったり。めくれ上がった口に並ぶ歯が聴くものの首に深く食い込む殺傷力の高さ。英語力がないので何とも言えないのだが、歌詞をざっと見ると「God」などの単語は見当たらず、より身近な問題を身近な言葉で綴っているようだ。怒りに満ちたそれは現実的に力を持ち、血が通っており、彼らのハードコアなスタンスを表現しているのではなかろうか。
誤解を生んでしまうかもしれないがより排他的になった。ここまで来ると孤高という感じで、私の様なミーハーなリスナーが「わかるわかるよ」というのははばかられる。だがその毒性に意識を持っていかれてしまう楽しさがある。彼が釘ならきっとそれは錆びているのだろうと思います。非常にかっこ良し。オススメ。
2016年にNuclear Blast Recordsからリリースされた。
NAILSはロサンジェルスで活動するハードコアバンドTerrorに在籍していたTodd Jonesと同じくロサンジェルスで活動するこれまたハードコアバンドTwithing TonguesのTaylor Youngが中心になって結成されたパワーバイオレンス/グラインドコアバンド。
上記のTwitching Tounguesと一緒に来日にしたこもあって私も見に行ったりしました。その時は髪の長くて線の細い革ジャンに身を包んだ(Theメタラーという感じの)選任ギタリストがいたのだが、彼はその後脱退したようで現在は3人体制のようだ。
このアルバムのプロデューサーは売れっ子Kurt Ballou。何とも粗野でとにかく荒々しいアートワークは一人ブラックメタルバンドLeviathanのWrest(WHTHD名義)の手によるものとの事。シングルカットされているタイトル曲にはConvergeのJacobやNeurosisのScottも参加している。(各人一分だけだけど。)良い話じゃないですか。(つまり絶対に良い話じゃない的な意味で)
10曲で21分。ラストの1曲は8分あるからその他の曲はだいたい1分かそこら。とにかく猛スピードで突っ切るタイプの爆速バンド。選任ギタリストが不在ということでやけっぱちなソロはさらにコンパクトになり、その代わりに非常にノイジーな高音は増加。全体的には引き続き低音に振り切った真っ黒い音。ミュートを用いたリフはリズミカルに刻まれ、良く動くベース、強烈なアタックのドラムと相まって真っ黒い嵐の様な様相を呈している。ブラストもありつつ緩急付けた楽曲はスラッジの要素も強く、パワーバイオレンスのきな臭い香り。いわばメタリックに武装した非常にタフなハードコアと言った趣。高速と低速を神経症的に行き来する様はまさにバイオレンスの一言だが、間となる中速もどっしり構えた弦楽隊と、タンタンと打ち付ける口径の大きい機関銃の様なドラムがひたすら首を振らせてくる無慈悲なシステムでブルータルな事この上無し。
「俺らの苦痛はおまえらのそれではない」とポーザー(震えております)に叩き付けるような刺々しくヒリヒリした詩が突き刺さる呵責のない音楽性は、バンドがロゴ的に使っている鉄条網に囲まれた犬のドローイングにぴったり。めくれ上がった口に並ぶ歯が聴くものの首に深く食い込む殺傷力の高さ。英語力がないので何とも言えないのだが、歌詞をざっと見ると「God」などの単語は見当たらず、より身近な問題を身近な言葉で綴っているようだ。怒りに満ちたそれは現実的に力を持ち、血が通っており、彼らのハードコアなスタンスを表現しているのではなかろうか。
誤解を生んでしまうかもしれないがより排他的になった。ここまで来ると孤高という感じで、私の様なミーハーなリスナーが「わかるわかるよ」というのははばかられる。だがその毒性に意識を持っていかれてしまう楽しさがある。彼が釘ならきっとそれは錆びているのだろうと思います。非常にかっこ良し。オススメ。
2016年7月9日土曜日
グレッグ・イーガン/TAP
オーストラリアのSF作家による短編集。
河出書房新社による「奇想コレクション」の一冊としてリリースされたものを文庫にしたもの。
グレッグ・イーガンはハードSFを牽引する作家の一人で特に日本での人気はとても高いみたい。長編も素晴らしいのだが私は短篇が好きで「祈りの海」、「しあわせの理由」、「ひとりっ子」、どれも本当に楽しかった。本書の後書きによるとこれらの短編集は日本オリジナルみたい。始めの一冊は結構チャレンジングだったようで、それが幸いな事に受けてその後も何冊かリリースされているのかなと。
この本は特に初期の短編集を集めたもので、具体的には1986年から1995年の期間に発表されたものが収録されている。一番大きな特徴は今程ハードSFではないということ、というかSFとカテゴライズするのも難しい様な作品も収録されている。結果から言うと勿論どれも面白かったんだけど、これはつまりグレッグ・イーガンという人は勿論ハードSFという難しいジャンルを(イーガンの作品は何回と評される事も少なくはなくて初めてにするときはビビったもの)まるで熟練の科学技師のように操って物語を紡いでいく人なんだけれども、数学的な知識やそれに立脚した新奇なガジェットのみでその圧倒的な人気を獲得した訳ではないという事。要するにストーリーテリングの才がSFの才に負けず劣らず豊かだという事。
イーガンは科学に対して特別深い思い入れを持っていて、時にそれが人間的な信条や常識からは逸脱して軋轢を生む事があるのだが、イーガンは科学の良い側面(この人は科学がすべてを凌駕する優等なものとは明確に考えていないと私は思う)は旧弊な伝統を打ち破っていくさまを結構残酷にいくつかの作品で書いている。本当に頭の良い人なら起こりそうだけど、例に挙げると町の書店が衰退するのはAmazonを始めとするネット書店の台頭がその原因の一つに挙げられるけど、それがそもそも台頭するのはAmazonが町の書店より便利だからに他ならない、だからAmazonの方が時流に合っている、とまあこんな感じ。分かるんだけどどうしても慣れ親しんでいるものに肩入れしてしまう気持ちがあるから、素直に受け入れにくい。そんなアンビバレントな心のざわめきを巻き起こしてくれるのがイーガンの魅力の一つだと思っている。
本書でもその作者のセンスはすでに十二分発揮されているのだけれども、「銀炎」という物語の中で迷信がその数で持って科学による現実を打ち砕く様を書いている。ここでイーガンの良さがあるなと思う。イーガンは宗教に対して、もっというと盲目的な無知に対して疑問を持っている訳だけど、だからといって心理である科学を俺ツエー状態に持っていかない。そこに物語がある。そこにセンチメンタルなものがあって、イーガンは結局のところそういった心理のせめぎあう様を書いている。本書では私たちの現実で、もっと時代が進んで無限の宇宙と、無限の人間の変容した意識を舞台に。そういった意味ではそんなドラマ感がとても感じやすいのが本書ということになるかなと。
グレッグ・イーガンは難しいんでしょ?という人は是非この本から初めて見るのはいかがでしょうか。その他の短編集でも全然大丈夫だと思いますよ。
2016年7月3日日曜日
DJ Shadow/The Mountain Will Fall
アメリカはカリフォルニア州のDJ/ミュージシャンの5thアルバム。
2016年にMass Appeal Recordsからリリースされた。
言わずと知れたDJでとにかくその元ネタの在庫の豊富さと後にトリップホップにも影響を与えたというその音楽性は有名だと思う。かくいう私も名前だけは知っていたのだが、大学生の時にヒップホップ好きの友人から伝説的な1stアルバム「Entroducing……」を借りて聴いたことがある。その他のアルバムは聴いた事がないのでいかにもミーハーだが、新作が出るというので思いついたように買ってみた。Bandcampでデジタル版を購入。
ここでいうDJというのは本来2台(以上、こともあるのかも)のターンテーブルを使い異なる曲を間断なくつなげていく人のことを言う訳だから、テーブルに載せる元ネタがあって当然曲を作っているミュージシャンというのは違うのだろうけど、DJ Shadowの場合はそのDJプレイの枠から、膨大な元ネタをつなぎ合わせる事によって全く新しい曲を作ることで大きく躍進している人。で、その作曲方法からも分かる通りやはりヒップホップのよう差が強いという事になると思う。つまり作曲の根幹にあるのはサンプリング。100%サンプリングで作っているのか否かはちょっと分からないが、最近のMVでもターンテーブルを捜査しまくる彼が出てくるからやはりその比重は多いのだろうと思う。
ではその中身となる音楽的にはどうかというと、確かにこのアルバムでもRun the Jewelsが参加していたりとヒップホップの要素は強いのだが、全体的なイメージはもっと内省的だ。さすがトリップホップの源流と評されるだけはあって、ヒップホップというには煙たく、そしてその根底には暗い雰囲気が漂っている。ただボーカルが乗る曲の方が少ないし、所謂陰鬱さはほぼ感じられない。あくまでも音の使い方ということで方向性や指向性という観点ではあまりトリップホップを挙げるのは間違っている気がする。具体的には音がソリッドすぎてそちら方面とは結構一線を画すのではと。例えばスクラッチなんてトリップホップではあまり使わないのではなかろうか。
こういった意味では基本1stからの方向性が続いているという事になるのだが、さすがに丁度20周年ということもあって、圧倒的な経験によりその曲のクオリティは研ぎすまされている。明らかに曲の幅は広がっていると思う。前述のRun the Jewelsとのコラボ曲では大胆にアコースティックなギターの音をサンプリング(もしくは録音?かもだが)して取り入れている。ミニマムさは曲によっては大胆に削り取られ、代わりにスクラッチを始めうわものが奔放に跳ね回るようになった。一方土台となるビートの部分は軽快さを失わない確固たる重さでもって一定のリズムを刻んでいる。曲によってはディストーションをかけたノイジーな音使いに中国風の楽器と旋律を取り入れる、みたいなことにもチャレンジしている。
DJそしてヒップホップという言葉から想像する音よりかなりストイックな音楽をやっていると思う。勿論踊らせるための音楽ではあるのだろうが、やはりというか求道者的な地味憂さと真面目さが伺える。個人的には4曲目「Bergschrund feat. Niks Frahm」、5曲目「The Sideshow feat. Ernie Fresh」が素晴らしい。
2016年にMass Appeal Recordsからリリースされた。
言わずと知れたDJでとにかくその元ネタの在庫の豊富さと後にトリップホップにも影響を与えたというその音楽性は有名だと思う。かくいう私も名前だけは知っていたのだが、大学生の時にヒップホップ好きの友人から伝説的な1stアルバム「Entroducing……」を借りて聴いたことがある。その他のアルバムは聴いた事がないのでいかにもミーハーだが、新作が出るというので思いついたように買ってみた。Bandcampでデジタル版を購入。
ここでいうDJというのは本来2台(以上、こともあるのかも)のターンテーブルを使い異なる曲を間断なくつなげていく人のことを言う訳だから、テーブルに載せる元ネタがあって当然曲を作っているミュージシャンというのは違うのだろうけど、DJ Shadowの場合はそのDJプレイの枠から、膨大な元ネタをつなぎ合わせる事によって全く新しい曲を作ることで大きく躍進している人。で、その作曲方法からも分かる通りやはりヒップホップのよう差が強いという事になると思う。つまり作曲の根幹にあるのはサンプリング。100%サンプリングで作っているのか否かはちょっと分からないが、最近のMVでもターンテーブルを捜査しまくる彼が出てくるからやはりその比重は多いのだろうと思う。
ではその中身となる音楽的にはどうかというと、確かにこのアルバムでもRun the Jewelsが参加していたりとヒップホップの要素は強いのだが、全体的なイメージはもっと内省的だ。さすがトリップホップの源流と評されるだけはあって、ヒップホップというには煙たく、そしてその根底には暗い雰囲気が漂っている。ただボーカルが乗る曲の方が少ないし、所謂陰鬱さはほぼ感じられない。あくまでも音の使い方ということで方向性や指向性という観点ではあまりトリップホップを挙げるのは間違っている気がする。具体的には音がソリッドすぎてそちら方面とは結構一線を画すのではと。例えばスクラッチなんてトリップホップではあまり使わないのではなかろうか。
こういった意味では基本1stからの方向性が続いているという事になるのだが、さすがに丁度20周年ということもあって、圧倒的な経験によりその曲のクオリティは研ぎすまされている。明らかに曲の幅は広がっていると思う。前述のRun the Jewelsとのコラボ曲では大胆にアコースティックなギターの音をサンプリング(もしくは録音?かもだが)して取り入れている。ミニマムさは曲によっては大胆に削り取られ、代わりにスクラッチを始めうわものが奔放に跳ね回るようになった。一方土台となるビートの部分は軽快さを失わない確固たる重さでもって一定のリズムを刻んでいる。曲によってはディストーションをかけたノイジーな音使いに中国風の楽器と旋律を取り入れる、みたいなことにもチャレンジしている。
DJそしてヒップホップという言葉から想像する音よりかなりストイックな音楽をやっていると思う。勿論踊らせるための音楽ではあるのだろうが、やはりというか求道者的な地味憂さと真面目さが伺える。個人的には4曲目「Bergschrund feat. Niks Frahm」、5曲目「The Sideshow feat. Ernie Fresh」が素晴らしい。
ジェイムズ・エルロイ/LAコンフィデンシャル
アメリカの作家による警察小説。
「ブラック・ダリア」、「ビッグ・ノーウェア」に続く「L.A.四部作」の第三作目。ハリウッドで映画化された事もあるので、ひょっとしたら一番知名度があるのではなかろうか。(たしか「ブラック・ダリア」映画化されているが、こちらの方が古いはず。)かくいう私も大分昔、恐らく高校生くらいの自分、金曜ロードショーかなにかで見た記憶がある。(が、幸か不幸かほぼ中身を忘れていた。)
長らく絶版状態だったが、エルロイの新作リリースに合わせて電子書籍のフォーマットでのみ再販され、これを購入。
1952年のアメリカロサンゼルスで深夜営業のコーヒーショップ「ナイト・アウル」に深夜強盗が押し入り、店にいた従業員と客合計7人がショットガンにより虐殺された。捜査にあたるのはLAの伝説的警官ダドリー・スミス、女性に対する暴力に過剰に反応するバド・ホワイト、ハリウッドと繋がりのあるごみ缶ジャックことジャック・ヴィンセンス、連続幼児殺人事件を解決し今は建設業界でのし上がった父親に尊敬と複雑な感情を抱くエドマンド・エクスリー。捜査線上には早くから若い黒人が浮かび上がるが…
相変わらずクズばかりでてくる警察小説。
とくに主人公の一人、エド・エクスリーが良い。こいつは卑怯者で不正を正すという名目で自分すら騙そうとしているが、その実出生のために仲間を売るクズなのだが、物語が進むに連れて彼を好きになってくる。といっても彼が成長して心を入れ替えるという訳ではない。むしろ泥沼のよな50年代の裏側にはまり込んでその純真さをどんどん失っていく。その失っていく様が美しいのではない。彼の信じていたものがどんどんその輝きを失っていき、余裕が無くなっていく様が良いのだ。やたらと成長が叫ばれる昨今、正直言って不実の良い訳のように使われている様があっていい加減ウンザリなのだが。やはり人は成長なんてしない。ただ過去によってその行動が決まり、今をごまかし乗り切るために方便が上手くなっていくだけだ。そしてその方便が次第に自分の体に馴染んで来てその本人になる。自分は方便を使っているつもりだが、気づけばそれはもう皮膚のようになって脱ぐ事なんて出来ないのだ。
中でも抜きん出ているのがダドリー・スミスで今回読んでて思ったがコイツだけは埒外で動いている。こいつは名誉・金(不思議と女には執着しない、もしくは意図的にそういう描写がされない)を追い求めているが実際にはそれに執着していない。勿論異常な我慢強さを持っていて、最後に笑うのは俺だと思っているところもあるのだが、なんとなく金も名誉も子供のプライズ程度にしか考えていない気がする。頭脳明晰(有色人種に対するレイシストぶりを隠そうともしないが、実際はそれは自分の犯罪を隠すための道具に使っている節がある)で緻密、とにかく人をそうと思わせずに操る際に長けている。ところが頭は良すぎるが大胆過ぎて、かなりとんでもない事をやっている(例えば共生関係にあるギャング、ミッキー・コーエンの金とドラッグをあっさり横からかすめとったり)のに、その悪事が露呈する可能性は放っておいているようにみえる。要するに危険中毒であり、もっと言うと恐らくサイコパスなのではなかろうか。今回は前作に比べると直接的な描写はむしろ減っているのだが、エドの越える事の出来ない壁として常に陰謀の背後にいる訳でその不気味さが際立っていた。
私はこの後に続く「ホワイトジャズ」は読んでしまっていたのだが、これはもう一回読まないとなと思っている。しかし次のシリーズも気になるし、最新作も気になるし。とにかくエルロイの作品というのは露骨に他の作家では代用できない。
という訳で滅茶苦茶面白いし勿論オススメなのだが、可能ならば四部作の始め「ブラック・ダリア」から、難しい場合はせめて「ビッグ・ノーウェア」から読んでいただきたいです。
「ブラック・ダリア」、「ビッグ・ノーウェア」に続く「L.A.四部作」の第三作目。ハリウッドで映画化された事もあるので、ひょっとしたら一番知名度があるのではなかろうか。(たしか「ブラック・ダリア」映画化されているが、こちらの方が古いはず。)かくいう私も大分昔、恐らく高校生くらいの自分、金曜ロードショーかなにかで見た記憶がある。(が、幸か不幸かほぼ中身を忘れていた。)
長らく絶版状態だったが、エルロイの新作リリースに合わせて電子書籍のフォーマットでのみ再販され、これを購入。
1952年のアメリカロサンゼルスで深夜営業のコーヒーショップ「ナイト・アウル」に深夜強盗が押し入り、店にいた従業員と客合計7人がショットガンにより虐殺された。捜査にあたるのはLAの伝説的警官ダドリー・スミス、女性に対する暴力に過剰に反応するバド・ホワイト、ハリウッドと繋がりのあるごみ缶ジャックことジャック・ヴィンセンス、連続幼児殺人事件を解決し今は建設業界でのし上がった父親に尊敬と複雑な感情を抱くエドマンド・エクスリー。捜査線上には早くから若い黒人が浮かび上がるが…
相変わらずクズばかりでてくる警察小説。
とくに主人公の一人、エド・エクスリーが良い。こいつは卑怯者で不正を正すという名目で自分すら騙そうとしているが、その実出生のために仲間を売るクズなのだが、物語が進むに連れて彼を好きになってくる。といっても彼が成長して心を入れ替えるという訳ではない。むしろ泥沼のよな50年代の裏側にはまり込んでその純真さをどんどん失っていく。その失っていく様が美しいのではない。彼の信じていたものがどんどんその輝きを失っていき、余裕が無くなっていく様が良いのだ。やたらと成長が叫ばれる昨今、正直言って不実の良い訳のように使われている様があっていい加減ウンザリなのだが。やはり人は成長なんてしない。ただ過去によってその行動が決まり、今をごまかし乗り切るために方便が上手くなっていくだけだ。そしてその方便が次第に自分の体に馴染んで来てその本人になる。自分は方便を使っているつもりだが、気づけばそれはもう皮膚のようになって脱ぐ事なんて出来ないのだ。
中でも抜きん出ているのがダドリー・スミスで今回読んでて思ったがコイツだけは埒外で動いている。こいつは名誉・金(不思議と女には執着しない、もしくは意図的にそういう描写がされない)を追い求めているが実際にはそれに執着していない。勿論異常な我慢強さを持っていて、最後に笑うのは俺だと思っているところもあるのだが、なんとなく金も名誉も子供のプライズ程度にしか考えていない気がする。頭脳明晰(有色人種に対するレイシストぶりを隠そうともしないが、実際はそれは自分の犯罪を隠すための道具に使っている節がある)で緻密、とにかく人をそうと思わせずに操る際に長けている。ところが頭は良すぎるが大胆過ぎて、かなりとんでもない事をやっている(例えば共生関係にあるギャング、ミッキー・コーエンの金とドラッグをあっさり横からかすめとったり)のに、その悪事が露呈する可能性は放っておいているようにみえる。要するに危険中毒であり、もっと言うと恐らくサイコパスなのではなかろうか。今回は前作に比べると直接的な描写はむしろ減っているのだが、エドの越える事の出来ない壁として常に陰謀の背後にいる訳でその不気味さが際立っていた。
私はこの後に続く「ホワイトジャズ」は読んでしまっていたのだが、これはもう一回読まないとなと思っている。しかし次のシリーズも気になるし、最新作も気になるし。とにかくエルロイの作品というのは露骨に他の作家では代用できない。
という訳で滅茶苦茶面白いし勿論オススメなのだが、可能ならば四部作の始め「ブラック・ダリア」から、難しい場合はせめて「ビッグ・ノーウェア」から読んでいただきたいです。
2016年7月2日土曜日
MAKKENZ/土葬水葬火葬風葬空想
日本のヒップホップアーティストによる7thアルバム。
2016年にTrauman Recordsからリリースされた。
ストリートで育った厳つい俺たちが腰パンスタイルでリッチになっていく様をラップするのがヒップホップの一つの王道だとしたら、それに対抗するように内省的、言い方に問題があるがオタク臭いヒップホップも生まれてくる事はいわば自然の法則だったのだろう。しかし多分に内省的なのだが、かといって完全なるカウンターとしてはカテゴライズできない様な音をならすのがこのMAKKENZという人。
2004年にリリースされた1stアルバム「わたしは起爆装置なわたしか」は妙に和の雰囲気を取り入れたトラックに合わせて、感情というものを漂白した様な声が支離滅裂な事(アーティスト本人にとってはきっとそうではないのだろうが、しかしそこに意図がなかったかというとそうでもないだろうと思う)をすらすらと述べていく。こちらのリアクションは全く無視しているかの様なそのスタイルは、まるで壊れて止める事の出来なくなったプレイヤーから流れる、廃墟(きっと精神病院だとまことしやかにささやかれるのだろう)から見つかった正体不明の古びたテープのようであった。前述の通り元来ストリート、つまり生活に密着した音楽(そうでない音楽はあまりないのだろうが、でもEDMとかは違うのかな?)であり、必然的にその歌詞はリリックと呼ばれ「悪自慢」だったり「母親にやたらと感謝」などと揶揄されたりする事はあるものの、やはりその内容というのは重要なファクターであった。リリックを読めば各々やり方はあるものの彼ら彼女らの主張したいことの一端が伺えてくるものだった。またヒップホップでは特に「リアルである」ことが重要視されたりする。ところがこのMAKKENZという男は言葉が多いのだけれど何を言っているのかさっぱりわからなかった。ヒップホップのスタイルに乗っ取りながらも(ただし分かりやすいフックの様なものはなかった)、ある意味では一番ヒップホップではなかったのかもしれなかった。ともすると統合失調症患者の日記めいたリリックをもってして、MAKKENZは少年Aなのではという(今思うと非常に作為的だが)噂もあったりした。
そんなMAKKENZがarai tasukuとタッグを組んで作ったのがこのアルバム。
arai tasukuさんというのは私全く知らなかったのだが、暗い電子音楽をつくる作曲家で夢中夢のハチスノイト(極めてどうでも良いがずっとハチノスイトさんだと思ってた)とコラボしてたりするからなんとなーくその音楽性が想像できる。
「土葬水葬火葬風葬空想」というタイトル通り今作は明確に人の死にフォーカスした作品で、もっというと死というか、死に方だったり死後の始末だったりである。
ピアノが多用されたトラックは始めの印象だとどうしてもアンビエントな雰囲気に思えてしまうのだが、2回も聴けばその美麗なアンビエントの中にどうもな凶暴性が潜んでいる事が分かる。ヒップホップのトラックにしては凝っているという事になる。つまりトラックの中で曲の雰囲気が頻繁に変わる。ディストーションをかけたビートが突然暴走する様はどちらかというとテクノ/ロック的だ。
非常に面白いのがMAKKENZのラップで、この人の声はそんな刻一刻と変化するトラックを全く気にしないでいる風なのである。前述では感情がないと評した。このアルバムでもやはり妙に白っぽいイメージのあるその声は、しかしその奥に何とも無しの感情を感じ取る事が出来る様な気がする。ひとつはそのリリックに変遷があり、1stの頃の分裂したような支離滅裂さは減退し、明確なアルバムのテーマもある事もあって一つの指向性を持っているように思える。ただこれは決意表明とかではなく、主人公が目で耳で取り入れた出来事を述べていく、いわば日記的な雰囲気を持っている。これは1stの頃からもあったMAKKENZの個性とも言うべき独特なスタイルで、今回かなり現実の出来事に関しての記述が多いので文学っぽいというか、ラップのスタイルもあって朗読している様な雰囲気もある。丸くなったのではなく、ラップを通して感情を取り戻した、ラップが彼のリハビリになったというとさすがに嘘くさく、MAKKENZからしたら余計なお世話も良いところだが、自分のスタイルを確立しつつ、表情という意味で表現の幅は広がっている。
よくPVなんかで人にフォーカスされて、彼または彼女が歩いていくと背景だけが移ろっていく様な表現がある(分かりにくと思うけどよく四季を表現するのに使っているイメージ)けど、このアルバムはそれを音楽でやっている様な趣がある。つまり基本ダークだが表情豊かなトラックが変遷していくのだが、中心にいるMAKKENZはぽつぽつと歩くようにラップをしていく、そんなイメージだ。
所謂「ヤバさ」(正体不明なもの、しかも病んだものに対する)は減退したものの、代わりにメッセージは研ぎすまされ、(まだまだ普通のアーティストに比べると分かりにくいのであるのだろうが)感情は豊かになった。変わり者である事は間違いないが、奇抜さを売りにする色物ではまったくないな、というのがその印象。王道に与する事のないカッコいいヒップホップといいきって全く問題なかろうと思います。オススメです。
2016年にTrauman Recordsからリリースされた。
ストリートで育った厳つい俺たちが腰パンスタイルでリッチになっていく様をラップするのがヒップホップの一つの王道だとしたら、それに対抗するように内省的、言い方に問題があるがオタク臭いヒップホップも生まれてくる事はいわば自然の法則だったのだろう。しかし多分に内省的なのだが、かといって完全なるカウンターとしてはカテゴライズできない様な音をならすのがこのMAKKENZという人。
2004年にリリースされた1stアルバム「わたしは起爆装置なわたしか」は妙に和の雰囲気を取り入れたトラックに合わせて、感情というものを漂白した様な声が支離滅裂な事(アーティスト本人にとってはきっとそうではないのだろうが、しかしそこに意図がなかったかというとそうでもないだろうと思う)をすらすらと述べていく。こちらのリアクションは全く無視しているかの様なそのスタイルは、まるで壊れて止める事の出来なくなったプレイヤーから流れる、廃墟(きっと精神病院だとまことしやかにささやかれるのだろう)から見つかった正体不明の古びたテープのようであった。前述の通り元来ストリート、つまり生活に密着した音楽(そうでない音楽はあまりないのだろうが、でもEDMとかは違うのかな?)であり、必然的にその歌詞はリリックと呼ばれ「悪自慢」だったり「母親にやたらと感謝」などと揶揄されたりする事はあるものの、やはりその内容というのは重要なファクターであった。リリックを読めば各々やり方はあるものの彼ら彼女らの主張したいことの一端が伺えてくるものだった。またヒップホップでは特に「リアルである」ことが重要視されたりする。ところがこのMAKKENZという男は言葉が多いのだけれど何を言っているのかさっぱりわからなかった。ヒップホップのスタイルに乗っ取りながらも(ただし分かりやすいフックの様なものはなかった)、ある意味では一番ヒップホップではなかったのかもしれなかった。ともすると統合失調症患者の日記めいたリリックをもってして、MAKKENZは少年Aなのではという(今思うと非常に作為的だが)噂もあったりした。
そんなMAKKENZがarai tasukuとタッグを組んで作ったのがこのアルバム。
arai tasukuさんというのは私全く知らなかったのだが、暗い電子音楽をつくる作曲家で夢中夢のハチスノイト(極めてどうでも良いがずっとハチノスイトさんだと思ってた)とコラボしてたりするからなんとなーくその音楽性が想像できる。
「土葬水葬火葬風葬空想」というタイトル通り今作は明確に人の死にフォーカスした作品で、もっというと死というか、死に方だったり死後の始末だったりである。
ピアノが多用されたトラックは始めの印象だとどうしてもアンビエントな雰囲気に思えてしまうのだが、2回も聴けばその美麗なアンビエントの中にどうもな凶暴性が潜んでいる事が分かる。ヒップホップのトラックにしては凝っているという事になる。つまりトラックの中で曲の雰囲気が頻繁に変わる。ディストーションをかけたビートが突然暴走する様はどちらかというとテクノ/ロック的だ。
非常に面白いのがMAKKENZのラップで、この人の声はそんな刻一刻と変化するトラックを全く気にしないでいる風なのである。前述では感情がないと評した。このアルバムでもやはり妙に白っぽいイメージのあるその声は、しかしその奥に何とも無しの感情を感じ取る事が出来る様な気がする。ひとつはそのリリックに変遷があり、1stの頃の分裂したような支離滅裂さは減退し、明確なアルバムのテーマもある事もあって一つの指向性を持っているように思える。ただこれは決意表明とかではなく、主人公が目で耳で取り入れた出来事を述べていく、いわば日記的な雰囲気を持っている。これは1stの頃からもあったMAKKENZの個性とも言うべき独特なスタイルで、今回かなり現実の出来事に関しての記述が多いので文学っぽいというか、ラップのスタイルもあって朗読している様な雰囲気もある。丸くなったのではなく、ラップを通して感情を取り戻した、ラップが彼のリハビリになったというとさすがに嘘くさく、MAKKENZからしたら余計なお世話も良いところだが、自分のスタイルを確立しつつ、表情という意味で表現の幅は広がっている。
よくPVなんかで人にフォーカスされて、彼または彼女が歩いていくと背景だけが移ろっていく様な表現がある(分かりにくと思うけどよく四季を表現するのに使っているイメージ)けど、このアルバムはそれを音楽でやっている様な趣がある。つまり基本ダークだが表情豊かなトラックが変遷していくのだが、中心にいるMAKKENZはぽつぽつと歩くようにラップをしていく、そんなイメージだ。
所謂「ヤバさ」(正体不明なもの、しかも病んだものに対する)は減退したものの、代わりにメッセージは研ぎすまされ、(まだまだ普通のアーティストに比べると分かりにくいのであるのだろうが)感情は豊かになった。変わり者である事は間違いないが、奇抜さを売りにする色物ではまったくないな、というのがその印象。王道に与する事のないカッコいいヒップホップといいきって全く問題なかろうと思います。オススメです。
ラベル:
arai tasuku,
Hip-Hop,
MAKKENZ,
日本
V.A./DOROHEDORO Original Soundtrack
日本の漫画家林田球さんによる漫画「ドロヘドロ」のサウンドトラック。
2016年にMHzからリリースされた。
私が買ったのはCD盤でT-シャツがつかないヤツ。作者書き下ろしの特殊なケースはかなり大きいです。
「ドロヘドロ」は高校生の時にクリスマスに1巻をジャケ買いして以来のファン。この作品は2016年現在まだ映像化されていないから、そのサウンドトラックを作るというのは相当面白いアイディアだ。しかもこの音源に収録されているのはすべてアーティストの書き下ろしの新曲、このCDのために「ドロヘドロ」をモチーフに作成している。既存の楽曲を集めたコンピレーションという訳ではないからとても豪華。元々作者林田球さんは音楽好きであることは伺えて、初期はとにかく色んなコマにSlipknotのモチーフが書き込まれていたりした。元々コミックの装丁(持っている人は知っているだろうが凹凸のついた凝った作りになっている)をやっているメチクロさん(造形師/クリエイターだと思う)が関係しているショップ(同じく私が大好きな漫画家弐瓶勉さんの作品関係の商品も多数作ったりしている)MHzが、音楽ショップGHzもやっていて恐らくその関係で音楽方面の繋がりも強いのだと思う。この音楽ではほぼほぼ電子音楽のミュージシャンによって構成されている。あくまでもサウンドトラックなのであまり歌ものを入れるのは趣旨に合わなくなってしまうからそういう事もあるとのではと。
読んだ事のある人は分かるだろうが、「ドロヘドロ」の世界観というのは一風変わっており、結構ダークで同時にお茶目でのんびりしている。人間たちが住むどこにも似ない無/多国籍な世界「ホール」にドアを開けて別世界から魔法使いがやってくる。魔法使いは人間たちを劣等種と考えていて、「ホール」にやってくるのは自分の魔法の実験台に人間を使うためだ。そんな世界で記憶を失ったトカゲ頭のナイフの使い手カイマンが過去を取り戻すために魔法使いを殺しまくる、というのがあらすじ。すべては混沌の中。それがドロヘドロ!なのだ。
様々なアーティスト全14組がその世界観を音楽で表現しようとしている試みが結実したのがこのアルバムだと考えるとサントラという形式以上の面白さがあるように感じる。
1曲目のkhostの「Redacted Recalcitrant Repressed」が素晴らしいオープニング。彼らだけは明確にドーゥムメタルをやっているのだが、じっとりとした陰湿な雰囲気はまさに魔法使いの煙から発生した雲から発生した汚染された雨に濡れるホールそのものであり、ドロヘドロのオープニングにふさわしい。続くVOODOOMを始め、複数のアーティストがシリアスな中にもファニーさを多分にとけ込ませている曲を提供しているのは恐らくよくよく原作を読み込んでくれたのではなかろうか。もちろんIgorrrなんかは自分の持ち味を活かしている部分もあるだろうが、そういった意味だと非常に優れたセレクトであり、アーティストも難しいリクエストを楽々と飛び越えていていかにも楽しい。
個人的には最近作品の幅を広げつつあるDead Faderと、Dead Faderのリミックスも手がけた外国在住日本人ユニットDevilmanにも在籍しているGhengis、Asian Dub Foundation(高校生位から気になっているのに音源持っていない)のDr Dasが気になっていた。Dead Faderは最新アルバムの延長線上にある不穏でありつつも感情豊かな18分に迫る超大曲。アンビエントな雰囲気がありつつも歪んだ激音ビートがいかにも。Ghengisはインダストリアルなノイズにこちらも太いビートを持ち込んだもの。ともにビートに関しては減算の美学があって、制限した方が一音が際立つのだなと。Dr Dasは元々ベーシストということでベースラインが非常に硬派で目を引く。ダブ/レゲエを彷彿とさせ鵜ゆったりとした雰囲気で土臭いパーカッションが映える。その他は前述のkhost、色彩豊かなデッドワンダーランドといった趣のあるCandie Hank、それからこちらも楽しい雰囲気のあるビートが小気味よいShitwifeの楽曲が気に入った。
漫画のサウンドトラックというとその新奇さゆえに色物テイストを感じてしまう方もいるかもしれないが、単に奇抜という上に中身のクオリティは極めて高い。それぞれのアーティストが自身の良さを活かしているのだろうが、専用に書き下ろされた曲を聴くとやはり「ドロヘドロ」らしさを感じてしまうから、そこがとにかくすごい。
収録されているアーティストに引っかかるものを感じる人、漫画「ドロヘドロ」が好きな人は是非どうぞ。
それからGHzのアーティストのインタビューも併せてどうぞ。
2016年にMHzからリリースされた。
私が買ったのはCD盤でT-シャツがつかないヤツ。作者書き下ろしの特殊なケースはかなり大きいです。
「ドロヘドロ」は高校生の時にクリスマスに1巻をジャケ買いして以来のファン。この作品は2016年現在まだ映像化されていないから、そのサウンドトラックを作るというのは相当面白いアイディアだ。しかもこの音源に収録されているのはすべてアーティストの書き下ろしの新曲、このCDのために「ドロヘドロ」をモチーフに作成している。既存の楽曲を集めたコンピレーションという訳ではないからとても豪華。元々作者林田球さんは音楽好きであることは伺えて、初期はとにかく色んなコマにSlipknotのモチーフが書き込まれていたりした。元々コミックの装丁(持っている人は知っているだろうが凹凸のついた凝った作りになっている)をやっているメチクロさん(造形師/クリエイターだと思う)が関係しているショップ(同じく私が大好きな漫画家弐瓶勉さんの作品関係の商品も多数作ったりしている)MHzが、音楽ショップGHzもやっていて恐らくその関係で音楽方面の繋がりも強いのだと思う。この音楽ではほぼほぼ電子音楽のミュージシャンによって構成されている。あくまでもサウンドトラックなのであまり歌ものを入れるのは趣旨に合わなくなってしまうからそういう事もあるとのではと。
読んだ事のある人は分かるだろうが、「ドロヘドロ」の世界観というのは一風変わっており、結構ダークで同時にお茶目でのんびりしている。人間たちが住むどこにも似ない無/多国籍な世界「ホール」にドアを開けて別世界から魔法使いがやってくる。魔法使いは人間たちを劣等種と考えていて、「ホール」にやってくるのは自分の魔法の実験台に人間を使うためだ。そんな世界で記憶を失ったトカゲ頭のナイフの使い手カイマンが過去を取り戻すために魔法使いを殺しまくる、というのがあらすじ。すべては混沌の中。それがドロヘドロ!なのだ。
様々なアーティスト全14組がその世界観を音楽で表現しようとしている試みが結実したのがこのアルバムだと考えるとサントラという形式以上の面白さがあるように感じる。
1曲目のkhostの「Redacted Recalcitrant Repressed」が素晴らしいオープニング。彼らだけは明確にドーゥムメタルをやっているのだが、じっとりとした陰湿な雰囲気はまさに魔法使いの煙から発生した雲から発生した汚染された雨に濡れるホールそのものであり、ドロヘドロのオープニングにふさわしい。続くVOODOOMを始め、複数のアーティストがシリアスな中にもファニーさを多分にとけ込ませている曲を提供しているのは恐らくよくよく原作を読み込んでくれたのではなかろうか。もちろんIgorrrなんかは自分の持ち味を活かしている部分もあるだろうが、そういった意味だと非常に優れたセレクトであり、アーティストも難しいリクエストを楽々と飛び越えていていかにも楽しい。
個人的には最近作品の幅を広げつつあるDead Faderと、Dead Faderのリミックスも手がけた外国在住日本人ユニットDevilmanにも在籍しているGhengis、Asian Dub Foundation(高校生位から気になっているのに音源持っていない)のDr Dasが気になっていた。Dead Faderは最新アルバムの延長線上にある不穏でありつつも感情豊かな18分に迫る超大曲。アンビエントな雰囲気がありつつも歪んだ激音ビートがいかにも。Ghengisはインダストリアルなノイズにこちらも太いビートを持ち込んだもの。ともにビートに関しては減算の美学があって、制限した方が一音が際立つのだなと。Dr Dasは元々ベーシストということでベースラインが非常に硬派で目を引く。ダブ/レゲエを彷彿とさせ鵜ゆったりとした雰囲気で土臭いパーカッションが映える。その他は前述のkhost、色彩豊かなデッドワンダーランドといった趣のあるCandie Hank、それからこちらも楽しい雰囲気のあるビートが小気味よいShitwifeの楽曲が気に入った。
漫画のサウンドトラックというとその新奇さゆえに色物テイストを感じてしまう方もいるかもしれないが、単に奇抜という上に中身のクオリティは極めて高い。それぞれのアーティストが自身の良さを活かしているのだろうが、専用に書き下ろされた曲を聴くとやはり「ドロヘドロ」らしさを感じてしまうから、そこがとにかくすごい。
収録されているアーティストに引っかかるものを感じる人、漫画「ドロヘドロ」が好きな人は是非どうぞ。
それからGHzのアーティストのインタビューも併せてどうぞ。
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