フィンランドのヘルシンキを舞台にした北欧警察小説の第3弾。
気づくと出版されているカリ・ヴァーラシリーズ3冊目。
比較的まっとうな警察小説だった1作目、暴力性に舵を切った2作目。今作はさらに2作目の作風を押し進めつつ新境地に切り込んでいる。
フィンランドはヘルシンキで警察官を勤めるカリ・ヴァーラ警部は絶え間ない頭痛に悩まされていた。原因となる脳内の腫瘍を手術で取り退く事には成功したものの、自分の感情が一切消えている事に気づくカリ。産まれたばかりの娘と愛する妻との関係に悩むカリだったが、警察庁長官であるユリ直々の命令で非合法の任務に就く特殊部隊を結成する事に。さしあたっての任務は犯罪者から麻薬や銃器、金を非合法に奪うこと。奪った金はユリを始めとする上層部に渡り、残りはカリ達の活動資金になる。頭はいいがコミュニケーション能力に何のあるミロ。腕っ節が強く人に暴力を振るう事に何も感じない大男のスロを部下にカリ達は犯罪者を襲い、資金を集めていく。そんな中移民擁護派の政治家が殺され、カリ達は捜査を命じられる。移民と移民受け入れ反対派の間で血で血を洗う報復合戦が始まる中、カリ達は事件を解決できるのか。
帯にこれは北欧の暗黒小説(ノルディック・ノワール)ですよ、と書いてあるがなるほどと頷く内容になっている。警察内での非合法の組織を結成したカリ達の任務は主に暴力の行使になる。勿論ITを始めとするデジタル技術が発展した現代の警察小説では科学捜査が大きな根幹となる訳だけれども、それでも基本は結果は脚で稼いでくるスタイル。警察官としての強み(民間人以上の権力だったり組織的な捜査だったり)と弱み(証拠や捜査令状が大きな力となり制約となったり)に翻弄されつつゴールに向かっていく訳である。
ところがカリ達は警察庁長官の後ろ盾もあって令状や法律なんて気にしない。文句は銃器と拳で叩き潰す訳である。これは真っ当な警察小説とは言えない。とはいえ、例えばエルロイの大作「ホワイト・ジャズ」なんかの例もあって、通常のルール無用で突っ走る悪徳警官が主役の警察小説というのはちゃあんと存在して、もちろん大変面白いのである。
前作もそうだったが、北欧の国が抱える問題を特に色濃く書き出す物語になっていて、今回はずばり移民問題。移民の問題というのは例えばヘニング・マンケルのヴァランダーシリーズを読むともうはっきりと国家の抱える問題として書かれている。(私は不勉強だったが、もちろんマンケル以前にも沢山書かれて来たのだと思いますが。)作者トンプソンはアメリカ人でフィンランドからしたら異邦人だからかなり冷徹な目で持って”楽園”フィンランドの実体を辛辣に書いている。移民が受ける差別。移民を排斥しようとする輩の醜さ(明確に反移民排斥派の立場でこの小説は書かれていると思う。)。ネオナチまで出てくる。作者の思いや立場は反映されているが、移民がもたらす社会的な影響を個人とそれよりやや広い視点で書いているので状況把握がしやすく、思うところが結構ある。日本は差別が無い国だとどこかで聞いたことがあるが、その時から絶対嘘に決まっているだろ〜と思っている。出生率がさがれば外から人を連れてくるのは選択肢の一つとしてあがってくる訳で、残念ながら人種が違えば摩擦が生じるのは必定である。一方で国家の純血性にもある程度共感できるところもあって、なんかもうよくわからない。そういう事をこの本を考えても良いかもしれない。
暗い内容ではあるけれども悪には悪で対抗というのは結構清々しくて意外に読後感は良い。途中で武器の展覧会的な場面が出て来たりと、過剰な男らしさというのがシリーズに一貫して描かれていて正直なところそこの部分はちょっと自分の趣向とは合わないのだが、暴力賛美のマッチョさに陥らない”硬派さ”があって面白く読めた。きっと作者のトンプソンは真面目な人なのではなかろうかと思う。
後書きによると作者のジェイムズ・トンプソンさんは2014年に逝去されたとのこと。この後の4作目は既に出版されているとのことなので恐らく邦訳もされるのではなかろうか。執筆中であったという5作目はひょっとしたら日の目を見る事は無いのかもしれない。外国人から見たフィンランドという視点はとても希有だったと思う。非常に残念です。
主人公カリ・ヴァーラが肉体的にも内面的にもどういう風に変遷していくのか、というところが非常に面白いので可能だったら1作目から読み進める事をお勧めする。
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