2014年7月20日日曜日

ジェイムズ・エルロイ/ブラック・ダリア

アメリカの作家による警察小説/ノワール。
1987年に発表され、1994年に日本で出版された。
以前紹介した「ホワイト・ジャズ」はLAを舞台にした暴力にまみれたノワールシリーズ、その名も暗黒LA四部作のラストを飾る恐るべき作品だったが、今作はその四部作のスタートを飾る第一作目である。

1947年ロサンジェルスで一人の若い女が殺された。胴から上下にまっ二つに裂かれた死体には凄惨な拷問の跡が残されていた。女の名前はエリザベス・ショート。女優になるべく田舎町から都会に出て来た彼女は黒い衣装を好んで着用していたためこの殺人は「ブラック・ダリア事件」と呼ばれることになる。私ことバッキー・ブライチャートは元ライトヘヴィ級で負け無しのプロボクサーの警察官。ひょんなことから知り合った元ヘヴィ級プロボクサー、リー・ブランチャードとコンビを組み「ブラック・ダリア事件」に挑むことになる。今なお人を惹き付ける謎に満ちた殺人事件の闇に葬られた真相とは…

知っている人も多いだろうが「ブラック・ダリア事件」は実際に起こった犯罪で現在でも犯人は検挙されていない。あまりに残酷な手口は半ば伝説のように語り継がれている。この本を原作に映画化されていてそれを見た人もいるのではなかろうか。(そういえばBlack Dahlia Murderという有名なメタルコアバンドも活躍している。)作者ジェイムズ・エルロイは事件の根幹をそっくりそのまま現実(事件の大枠だけでなく、登場人物の一部と事件の流れまで実際にそっているとのこと。)からもって来て、その上で彼オリジナルの警察官に捜査を任せて、実際の事件が未解決に終わったという落ちも現実そのままに、完全にフィクションでもって決着を付けている。いわば警察小説の体を取ったミステリー仕立てになっているのだが、流石はジェイムズ・エルロイというべきか事件の中心にはブラックホールのように「ブラック・ダリア事件」が鎮座していて、主人公含め警察官、富豪、ギャング様々な人々がそこにグイグイ引き寄せられていくのだが、この小説は事件そのものだけを書いている訳ではない。例えばデニス・ルヘインなんかもそうなのだが、事件を中心に添えて書くが実際にはもっと大きいものを書いている。いわば事件と人物達、されには彼らが所属している場所とか時間をそっくりそのまま歴史から(勿論フィクションであるからおかしな表現ではあるが。)抜き出して来たかの様な重厚さがある。今作では主人公バッキーはいわばブラック・ダリアことエリザベス・ショートの亡霊に取り憑かれた訳なんだけど、彼にもバディのリー、それからリーの恋人ケイとの奇妙な三角関係。出世に流行るバッキーが踏み入れた警察内部の暗黒と暴力。それらがバッキーの丁寧な内面描写とともに超密度で書き込まれている。
例えばバッキーとリーが特捜課に配属されブラック・ダリアを追うことになるその切っ掛けになった、2人のボクシングの対決は凄まじく、格闘技にあまり心弾かれない私ですら、その自分がスッポとライトを浴びる四角いリングにたっているかの様な緊張感を感じられたものだ。暴力が発露するその表層、そしてその暴力に至る暗い情動。その繋がりを書こうと試みた作品と言えるかも。

前にも書いたかもだけど、作者ジェイムズ・エルロイは母親を殺害され、未だにその犯人が挙げられていない。彼は一体どういう気持ちでこの話を書いたのかは分からないが(「我が母なる暗黒」という自伝的な本があるのだが絶版である、畜生。)、結果書かれたものはまさに鬼気迫る筆致である。
ヘドロの様な暗黒それ自体を書こうとして正しく真っ黒そのものであった四部作ラスト「ホワイト・ジャズ」に比べるとバッキーの青臭さが素直に共感できるし、文体も「ホワイト・ジャズ」の限界以上に削りまくったそれに比べると読みやすいことこの上無し。そしてエルロイなりの「ブラック・ダリア事件」のそしてそれに関わったバッキー・ブライチャートの結末、これはすげ〜良いなあ〜と思ったよね、素直に。友達の日系人を売って警察官になった捻くれた男バッキーがようやっと大切なものに気づく青春小説なのか?それともメキシコの荒野でシャベルで死体を掘るために喋るをふるうバッキーのごとく、とっくに葬られた腐乱死体を衆目の眼前に叩き付ける露悪的な娯楽小説なのか?
是非読んでいただきたい本。つまんなそうにいじっている携帯放り出して本を読んだら良いのにね、みんな。こんな面白い本があるのに〜といつも思っています。話がずれたが超オススメ。

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