イギリスはケント州出身の詩人・作家の日本オリジナル短編集。
翻訳し編集したのは西崎憲さんで以前このブログでもいくつか短編集を紹介したことがある。この人はジェラルド・カーシュを紹介したりと個人的には琴線に触れまくる作家や短編を紹介してくれて嬉しい限り。
表紙はエドガー・アラン・ポーでも御馴染みハリー・クラーク!
今回はAmazonにお勧めされてかってみたので作家のことは知らなかった。あらすじが面白そうだったのだが、果たしてとても面白く読めた。
A・E・コッパードは1878年生まれの1957年没だからそんなに古めかしい作風でもない。本書の解説を読むと作家生活を通じて長編は子供向けの1編のみというのだから、かなり筋金入りの短編作家と言えると思う。同時に詩人でもあり、どの短編も詩情にあふれている。面白いのはほとんどの作品が現実を舞台とし、日常を扱ったものにも関わらず何とも言えない幻想味がある。靄と霧に包まれた様な不思議な物語。どの物語も一抹かそれ以上の人生の辛辣さや物悲しさ、寄る辺のなさ、残酷さが含まれているが、解説で西崎さんが述べている通り後味が悪くなく、読後感がさわやかなところがある。寓話的であるが、はっきりとした真意を測りにくい、メッセージ性というよりは作家の思い描いた風景を干渉する様な感覚に近いから分かりやすい話を求める人には厳しいかもしれない。しかし(このブログでは何回か同じ様なことを言っているが)人生が分かりやすいことなんてあったでしょうか?
特に気に入った作品をいくつか紹介。
郵便局と蛇
山の麓の郵便局で世界を食い尽くすという蛇が山の頂上にある沼に封じ込められているという。沼に向かった主人公が出会ったのは…
まずこの短編集弾かれたのはその不思議なタイトルである。中々結びつかない2者である。そんなタイトルのつけられたごく短いお話。象徴的だが、物語としてただ面白い。3人しか登場人物が出てこないがみんなそれぞれ愛嬌があるのが良い。牧歌的とでも言うべきか。
アラベスク-鼠
町の片隅で隠者のように暮らす中年の男。ある夜更け彼は暖炉の近くをうろつく鼠を発見する。鼠を意識しながらも過去の人生を振り返る男。断片的かつ瑞々しい彼の記憶と忌まわしい鼠の存在が一つの出来事に集約していく。
ある意味この短編集で一番衝撃を受けた作品で読後の何とも言えない感じが忘れられない一遍。なんともいえない人生の悲哀が象徴的な出来事に集約しており、楽しかった過去とその後の悲劇的な運命、年を経てからの人生の喪失感がないまぜになって非常に苦しい。なんともやるせない。人生の楽しみは若いときの思い出にしかなく、楽しかった日々もしおれていく花のようにダメになってしまうように運命付けられている様な、そんな悲しさが支配している短編。
シオンへの行進
大天使ミカエル、あるいは世界の王の元に旅することを運命付けられた男は道中不思議な修道士に会う。彼は得体の知れないところはあるが快活な好人物。しかし悪人であれば自費なく打ち殺し、その身ぐるみを剥ぐ残虐性をももっていた。修道士に疑念が生じ始めた主人公はしかし、偶然であったマリアに恋心を抱くが…
シオンというのは言うまでもなく聖地シオンのこと。この物語はとにかく象徴的寓話的で幻想味に満ち満ちている。すべてが現実を元にしながらも現実から遊離しており、含蓄に飛んでいそうなのに、その真意は極めてとらえにくい。登場人物の会話は著しく現実性を欠いており、詩心にあふれたそれは最早禅問答のようになっている。(私の頭と理解力がよろしくないことも大いにあるだろうが。)道中主人公達が登る山の描写のなんと美しいことか。桃源郷というのではないが、こんな風景は誰かの頭の中にしかないのかもしれない。そのあるはずもない景色が何故こんなにも心を感動させるのは分からない。しかし読書の最大の楽しみの一つだろうと思う。
はっきり言ってそんなに間口の広い小説ではなかろうが、好きな人にはたまらないのではないだろうか。日本では他に違う出版社からも短編集が出ている。そちらも注文したので読むのが楽しみである。幻想的な話を好む方は是非どうぞ。
2014年10月5日日曜日
2013年12月1日日曜日
西崎憲編訳/怪奇小説日和 黄金時代傑作選
筑摩書房から発売されたホラー短編小説のアンソロジー。
編集は西崎憲さんで以前このブログでも紹介した「短編小説日和」の第2弾である。
タイトル通りより怪奇小説に舵を切っている。国書刊行会から発売された「怪奇小説の世界」全3巻から13編、同じく国書刊行会「書物の王国15/奇跡」から1編が選ばれ、さらに新訳の4編を加えた全部で18編の短編小説がおさめられている。
怪奇小説好きなら読んだことのあるレ・ファニュやジェイコブス、さらにはシャーロックホームズ生みの親コナン・ドイルの短編もおさめられていて、まさに黄金時代というタイトルにふさわしいアンソロジー。一体いつが黄金時代なんだい?という疑問が当然あると思う。実はいろいろな定義があるらしく、詳しくは西崎さんの手になる紳士なあとがきを読んでいただきたい。
一口に怪奇小説と言ってもいろいろな形式があって、この本では怪奇という共通の大きなテーマに沿っていろいろな種類の恐ろしさに焦点をあわせた短編がおさめられている。
なかでも気に入ったものを何編かご紹介させていただく。
閉ざされた環境で過去の因縁がゆっくりと浮上していき、恐ろしい終末に結実する「フォローレンス・フラナリー」。著者はマージョリー・ボウエン。クトゥルーっぽさもちょっとあって(とはいえ描かれたのはラブクラフト以前だと思うけど)ジトジトした嫌らしさがある。何と言っても、没落した貴族と金に釣られて彼と結婚した婚期を逃した女との何ともいえない関係が良い。
ヴァーノン・リーによる「七短剣の聖女」は傲慢きわまりない貴族の冒険譚。幻想の美しさと貴族が見舞われる運命の残酷さの対比が良い。悪漢のくせにきわめて信心深い主人公は友達にはなりたくないが、なんか愛嬌があると思う。
ヒュー・シーモア・ウォルポールの「ターンヘルム」はたらい回しにされた少年が行き着いた叔父の家で怪異に教われる話。尊大で不気味な兄と人はいいが兄の言いなりになる気弱な弟の2人の叔父、孤独な主人公にとって唯一の友人である従僕のキャラクターがそれぞれ良い。怪しすぎる召使いや入ることが禁じられた塔など全体的に魔術的な怪しさがあって舞台装置がすばらしい。
なんといっても一番はトマス・バークの「がらんどうの男」。殺された男が蘇り、殺した男のもとを訪れる。男は復讐する訳でもなく、ただ殺した男の近くにぼんやり居座るだけ、というまさに悪夢のような物語。殺された男は確実に何かが欠落していて、その空疎な様が生者を苦悩させる。幽霊は恨みがましいものだが、こいつは何となく来ちゃったよ、という変に達観した趣があって面白い反面恐ろしい。
ゴーストストーリーから乗っ取りもの、ともするとコントのように見える喜劇調の作品。多種多様で面白いが、すべてが恐怖という糸でつなげられた首飾りのように絢爛豪華である。
私は恐らくだが「墓を愛した少年」以外はどれも読んだことがなかった。まだまだ知らない楽しい話がたくさんあってうれしい限りである。
怪奇小説を愛する人は手に取って損はないと思います。むしろ大変楽しい時間を過ごせるでしょう。
編集は西崎憲さんで以前このブログでも紹介した「短編小説日和」の第2弾である。
タイトル通りより怪奇小説に舵を切っている。国書刊行会から発売された「怪奇小説の世界」全3巻から13編、同じく国書刊行会「書物の王国15/奇跡」から1編が選ばれ、さらに新訳の4編を加えた全部で18編の短編小説がおさめられている。
怪奇小説好きなら読んだことのあるレ・ファニュやジェイコブス、さらにはシャーロックホームズ生みの親コナン・ドイルの短編もおさめられていて、まさに黄金時代というタイトルにふさわしいアンソロジー。一体いつが黄金時代なんだい?という疑問が当然あると思う。実はいろいろな定義があるらしく、詳しくは西崎さんの手になる紳士なあとがきを読んでいただきたい。
一口に怪奇小説と言ってもいろいろな形式があって、この本では怪奇という共通の大きなテーマに沿っていろいろな種類の恐ろしさに焦点をあわせた短編がおさめられている。
なかでも気に入ったものを何編かご紹介させていただく。
閉ざされた環境で過去の因縁がゆっくりと浮上していき、恐ろしい終末に結実する「フォローレンス・フラナリー」。著者はマージョリー・ボウエン。クトゥルーっぽさもちょっとあって(とはいえ描かれたのはラブクラフト以前だと思うけど)ジトジトした嫌らしさがある。何と言っても、没落した貴族と金に釣られて彼と結婚した婚期を逃した女との何ともいえない関係が良い。
ヴァーノン・リーによる「七短剣の聖女」は傲慢きわまりない貴族の冒険譚。幻想の美しさと貴族が見舞われる運命の残酷さの対比が良い。悪漢のくせにきわめて信心深い主人公は友達にはなりたくないが、なんか愛嬌があると思う。
ヒュー・シーモア・ウォルポールの「ターンヘルム」はたらい回しにされた少年が行き着いた叔父の家で怪異に教われる話。尊大で不気味な兄と人はいいが兄の言いなりになる気弱な弟の2人の叔父、孤独な主人公にとって唯一の友人である従僕のキャラクターがそれぞれ良い。怪しすぎる召使いや入ることが禁じられた塔など全体的に魔術的な怪しさがあって舞台装置がすばらしい。
なんといっても一番はトマス・バークの「がらんどうの男」。殺された男が蘇り、殺した男のもとを訪れる。男は復讐する訳でもなく、ただ殺した男の近くにぼんやり居座るだけ、というまさに悪夢のような物語。殺された男は確実に何かが欠落していて、その空疎な様が生者を苦悩させる。幽霊は恨みがましいものだが、こいつは何となく来ちゃったよ、という変に達観した趣があって面白い反面恐ろしい。
ゴーストストーリーから乗っ取りもの、ともするとコントのように見える喜劇調の作品。多種多様で面白いが、すべてが恐怖という糸でつなげられた首飾りのように絢爛豪華である。
私は恐らくだが「墓を愛した少年」以外はどれも読んだことがなかった。まだまだ知らない楽しい話がたくさんあってうれしい限りである。
怪奇小説を愛する人は手に取って損はないと思います。むしろ大変楽しい時間を過ごせるでしょう。
2013年5月19日日曜日
西崎憲/短編小説日和−英国異色傑作集
タイトルの通り、イギリス一風変わった短編小説を集めたアンソロジー。
一番有名なのがディケンズで、あとは解説を読む限りどちらかというと埋もれた作家の短編が20話おさめられている。巻末には西崎さんの短編小説考も掲載。恥ずかしながら、ジェラルド・カーシュをのぞくとほとんど知らない作家だった。イギリスの短編小説は幽霊もののを何冊か読んだことあるけれど、当たり前だけど知らない作家なんてたくさんいるものだ。
この本はゴーストストーリーも収録されているけど、あくまでもくくりは短編小説なので話の種類は結構豊富。とはいえ、どこかしら奇妙だったり、不思議だったり、怖かったりする。
編集者と翻訳者は西崎憲さんという方で、翻訳のほかにご自身で本を書かれたり、音楽レーベルを主催しているとのこと。私は以前ジェラルド・カーシュの「瓶の中の手記」という短編集を読みいたく感動したことがあった。この本もAmazonでリコメンドされて、西崎さんのことを調べたら、「瓶の中の手記」を翻訳されていたのが西崎さんだということが分かったので、その人が選んだ短編ならさぞ面白かろうと買った次第です。
さすがに20編もあるので都度あらすじを書いていく訳にもいかないけれど、共通してどの話もやはりどこかしら非日常を書いている。お姫様を悪い魔法使いとドラゴンから守るお話もあれば、日々の生活に倦んだ少女が都会の生活にあこがれて今の生活を捨てようとするお話などなど。何編かは本当にほんわかする話だったり、幸せな今後を予感させるものもあるのだけれど、だいたいはやはり程度の差があれど、非日常が描かれていて、それは黒い亀裂のように物語を横断していて、いったいその亀裂の無効には何があるのだろうか、と思い不安にさせるお話。
最高にオチが効いている「後に残した少女」、これは最後の主人公の感情がいい。え?って思うけどよくよく読み返すと彼女の気持ちがわかる気がする。
また、カーシュの「豚の島の女王」は、孤島に突然成立した奇形のユートピアがちょっとした心の動きで壊れてしまうお話で、何回読んでもいい。
「コティヨン」はある館の仮装ダンスパーティーでの出来事を書いた作品。いかにもイギリスの趣があるゴーストストーリー。古典的な舞台装置がたまらない。
「写真」これは怖い!はっきりとした名言はないけど、病に苦しむ少年におこった悲劇。親の気持ちも分かるから切ないけど…
中でも特に良かったのが、ジーン・リースの「河の音」。これはたった5ページの短編で、どうもバカンスにどこか川のそばのコテージに泊まっている男女の会話でそのほとんどが構成されているのだけれど、妙に噛み合ない会話、そしてなにより不安に満ちた女性の独白が素晴らしい。恐いというより不安になる。
もしあたしが言葉にしたら、それは消えてくれるかもしれない。彼女は考える。たまにあんたはそれを言葉にできる—だいたいのところを—だから取り除くことができる—だいたいのところを。たまにあんたは自分を納得させることができる。今日の自分はこわがっていることを自覚している、と。あたしはつるつるした、きれいな、あんなふうな顔がこわい。ねずみの顔が、映画館で笑うときの笑い方がこわい。エスカレーターがこわい。人形の目がこわい。でもそういうこわさは言葉にならない。そのための言葉はまだ発明されてない。
本文から抜粋してみた。なんとも不安である。ただなぜ不安なのかが分からない。言葉自体は普通だけど、意味が分からないところだろうか。なんだか神経を病んでいるように思える。取り留めない思考がきりもみ状態になって狂気に落ちていくようだ。そしてさらに恐ろしいのがまさにこの淵が正気のすぐそばに口を開けているという点かもしれない。
変わったお話が読みたい人にお勧め。
一番有名なのがディケンズで、あとは解説を読む限りどちらかというと埋もれた作家の短編が20話おさめられている。巻末には西崎さんの短編小説考も掲載。恥ずかしながら、ジェラルド・カーシュをのぞくとほとんど知らない作家だった。イギリスの短編小説は幽霊もののを何冊か読んだことあるけれど、当たり前だけど知らない作家なんてたくさんいるものだ。
この本はゴーストストーリーも収録されているけど、あくまでもくくりは短編小説なので話の種類は結構豊富。とはいえ、どこかしら奇妙だったり、不思議だったり、怖かったりする。
編集者と翻訳者は西崎憲さんという方で、翻訳のほかにご自身で本を書かれたり、音楽レーベルを主催しているとのこと。私は以前ジェラルド・カーシュの「瓶の中の手記」という短編集を読みいたく感動したことがあった。この本もAmazonでリコメンドされて、西崎さんのことを調べたら、「瓶の中の手記」を翻訳されていたのが西崎さんだということが分かったので、その人が選んだ短編ならさぞ面白かろうと買った次第です。
さすがに20編もあるので都度あらすじを書いていく訳にもいかないけれど、共通してどの話もやはりどこかしら非日常を書いている。お姫様を悪い魔法使いとドラゴンから守るお話もあれば、日々の生活に倦んだ少女が都会の生活にあこがれて今の生活を捨てようとするお話などなど。何編かは本当にほんわかする話だったり、幸せな今後を予感させるものもあるのだけれど、だいたいはやはり程度の差があれど、非日常が描かれていて、それは黒い亀裂のように物語を横断していて、いったいその亀裂の無効には何があるのだろうか、と思い不安にさせるお話。
最高にオチが効いている「後に残した少女」、これは最後の主人公の感情がいい。え?って思うけどよくよく読み返すと彼女の気持ちがわかる気がする。
また、カーシュの「豚の島の女王」は、孤島に突然成立した奇形のユートピアがちょっとした心の動きで壊れてしまうお話で、何回読んでもいい。
「コティヨン」はある館の仮装ダンスパーティーでの出来事を書いた作品。いかにもイギリスの趣があるゴーストストーリー。古典的な舞台装置がたまらない。
「写真」これは怖い!はっきりとした名言はないけど、病に苦しむ少年におこった悲劇。親の気持ちも分かるから切ないけど…
中でも特に良かったのが、ジーン・リースの「河の音」。これはたった5ページの短編で、どうもバカンスにどこか川のそばのコテージに泊まっている男女の会話でそのほとんどが構成されているのだけれど、妙に噛み合ない会話、そしてなにより不安に満ちた女性の独白が素晴らしい。恐いというより不安になる。
もしあたしが言葉にしたら、それは消えてくれるかもしれない。彼女は考える。たまにあんたはそれを言葉にできる—だいたいのところを—だから取り除くことができる—だいたいのところを。たまにあんたは自分を納得させることができる。今日の自分はこわがっていることを自覚している、と。あたしはつるつるした、きれいな、あんなふうな顔がこわい。ねずみの顔が、映画館で笑うときの笑い方がこわい。エスカレーターがこわい。人形の目がこわい。でもそういうこわさは言葉にならない。そのための言葉はまだ発明されてない。
本文から抜粋してみた。なんとも不安である。ただなぜ不安なのかが分からない。言葉自体は普通だけど、意味が分からないところだろうか。なんだか神経を病んでいるように思える。取り留めない思考がきりもみ状態になって狂気に落ちていくようだ。そしてさらに恐ろしいのがまさにこの淵が正気のすぐそばに口を開けているという点かもしれない。
変わったお話が読みたい人にお勧め。
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