2013年11月3日日曜日

ジェイムズ・S・A・コーリイ/巨獣めざめる

アメリカの作家によるSF長編。
ジェイムズ・S・A・コーリイ?聞いたことないやという方もいらっしゃるかもしれませんが、この作家はこの本がデビュー作。
全くの新人かというと、実は2人組の作家の共同ペンネームだそうな。翻訳した中原尚哉さんのあとがきによりますと、ジョージ・R・R・マーティンというSF作家のアシスタントを務めていたタイ・フランクという人がおりまして、短編などを発表していましたところ、ダニエル・エイブラハムという人に出会います。ダニエルは既に作家としてキャリアも長く、前述のマーティンとも共作で本を出版したりしておりました。タイはロールプレイングゲームの構想を持っていて、ダニエルとそれで遊んでいるうちに話が膨らんで小説を書くことになりました。それがこの本です。原題は「Leviathan Wake」。なかなか物々しい。タイが冒頭を書いて、ダニエルがそれを書き伸ばす、というかたちで書かれたそうです。
左がダニエル、右がタイ。

いまより未来人類は技術の革新とともに宇宙にその版図を広げ、現在は大きく分けて地球、火星、そして小惑星帯に移住している。
氷運搬船カンタベリー号はあるとき救難信号をたよりに、小型輸送船の救出に向かったところ、謎の勢力に攻撃され撃沈される。カンタベリー号副長ホールデンは仲間たちの復讐を誓うが、様々な思惑から追われる身となる。
一方小惑星帯に所属するケレスでは刑事のミラーが上司から富豪の娘を探す任務を受ける。彼女は豊かな生活を捨て、独立運動に身を投じ、ケレスから失踪していた。
全く立場の違うホールデンとミラーの航路が交錯するとき、巨大な陰謀が宇宙を危機に陥れようとしていた。

惑星感を宇宙船が飛び回る未来といってもワープ航法のようなものはなく、エスプタイン・エンジンという核融合エンジンで持って人類が宇宙に進出してから、そんなに年月がたってない未来(といっても人類が火星に移住し、さらに対立したのが150年前といっているので、今よりはだいぶ後です。)が舞台です。
ねじまき少女のときもそうだったのですが、SFを紹介するときはまずはその世界観や設定の解説が必要になりますね。現在とは大きく隔たったその設定自体がまずSFの醍醐味の一つだと思いますし、また作品の持つ普遍的なテーマに関しても、あえて現代とは異なった設定をすることで生きてくるかと思うので、まずはそこの紹介をば。
まず人類の版図は広がりましたが、人類自体は残念ながら進歩しておらず、3つの勢力は中がよろしくない。地球は故郷という自負とここでしか採れない資源で持って優位性を持っている。火星は地球への憧憬から緑化に力を注いでいて、また技術力では母星を上回り、強力な艦隊を有している。小惑星帯はその生活すら危険で窮屈ですが、税金はきっちり上記の星々から徴収されるので納得がいかない。中でもOPAという組織があって過激に独立運動を展開している。小惑星帯に暮らす人々はその環境の影響で、背がひょろ高くなり、手足も細長い。頭でっかちでベルター(ベルト地帯に住むからだともいます。)と(差別的な意味合いで持っても)呼ばれます。この構図はハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」にちょっと似ているなと思いました。小さい星(々)にすむ人たちの抑圧された構図や、小惑星帯に暮らす人々の生活に通じるものがあります。

さてここを舞台に、世界を揺るがすような事態が出来する訳ですが、主人公は前述の副長と刑事(といっても当局(ケレスでは知事)の認可を受けた民間の警備会社に所属する)の2人の視点でもって交互に物語が進みます。
こういった形の物語は昨今多いですが、やはり複数のバラバラだと思われていた視点が一点に収束する様は面白い。
私ははじめは復讐心に燃える地球人の副長応援していたのですが、読み進めるとどうもこいつは異常に頭が悪い。一見優男の熱血漢なのですが、ひどく自己中心的で、きれいごとばかりいうのだが、結局は自分が気持ちよければいいので、あとに残された人はどんなに大変な事態に陥ったって知ったことはないよ、というなかなかの無能ぶりでちょっとあきれてしまいました。
一方ベルターの刑事ミラーは離婚が原因で酒浸りの日々を送り、自分では有能な刑事だったと思っていたのですが、実は同僚からは昔は出来たけど今は無能だと思われていることが発覚。一度も話したことがない捜査対象の少女に恋心を抱き、とうとう彼女の幻影とおしゃべりする始末で、全く冴えないどころかちょっと病的な破滅願望を持った中年なのだが、こいつが物語の終盤を引っ張る引っ張る。どう見ても冴えない私としてはミラーに感情移入して、大変楽しく読めました。これは全編を通してミラーの恋物語といってもいいかもしれない。頭のたがが外れた中年男のラブストーリーが銀河の危機を背景に一体どこに着地するのか、というところぜひ読んでいただきたい。

また、これは人間の差別がついに宇宙に到達しても根強く残り、それがとんでもない悲劇を招くというお話でもあります。私は昔から未来に対して強いあこがれを持ってて、それの一つに宇宙は(人間の知覚からしたら)無限なのだから、それに内包される資源もまた無限であって、人類が宇宙を縦横無尽に飛び回れるようになればきっと人類から争いの種が一掃され、犯罪はなくならないにしても大きな戦争はなくなるのではないか、と思っているところがあります。
こん本を読むと残念ながらそんなことはないようです。一体この本に書かれていることこそが真実だとは思いませんが、技術の革新が世界を広げた結果、それが人類に新しい何を付与するのか、という問題をぼんやり考えるよすがとはなるかと思います。

この本は実は「The Expanse」という長いお話の冒頭で、長編は全部で6作が構想されているそうです。といってもきちんと謎の説明はされ、物語は決着するのでご安心を。中原尚哉さんの翻訳もとても自然で読みやすいです。スケールのでかい話を読みたいあなたにはお勧めのとても面白い小説です。

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